2020 01/24
私の好きな中公新書3冊

「現実」を変えるには/山崎望

水島治郎『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』
遠藤乾『欧州複合危機 苦悶するEU、揺れる世界』
橘木俊詔/迫田さやか『夫婦格差社会 二極化する結婚のかたち』

私が新書を読むようになったのは大学入学後である。研究者としては、「大学デビュー」は遅いほうだろう。大学ではじめて学問に触れて知的好奇心を刺激されたものの、専門書は理解できず何を読めばよいかわからない、という状態だった。その時、新書は研究への素晴らしい導き手であった。とりわけ中公新書は専門性が高いものも多く、大学で教鞭をとっている現在でも愛読している。感謝の意を込めつつ、好きな新書を三冊のみ、挙げさせて頂こう。

一冊目には水島治郎『ポピュリズムとは何か』を挙げたい。現代世界を揺るがすポピュリズムだが、論者によって定義も異なり、百家争鳴の感すらある。本書は、歴史的視点や各国比較を通じて、ポピュリズムとは何か、を明らかにしていく。欧州の小国オランダの専門家でありつつ、広く欧州に精通している水島の本領がいかんなく発揮されている。ポピュリズムは民主主義にとって敵なのか、改革の希望なのか。欧州各国の事例を通じて、「そのどちらにもなり得る」という結論を水島は導き出す。それゆえに、ポピュリズムを民主主義にとっての危機にするか希望にするかは我々にかかっている、ということを教えてくれる。

二冊目は遠藤乾『欧州複合危機』である。ポピュリズムの台頭をふくめ、世界の秩序は変容の兆しをみせている。EUもその例外ではない。本書は「複合危機」という概念を使って、経済危機、難民、テロなどに揺れる欧州の相貌を明らかにしている。鮮やかな「一筆書き」で、個別のテーマや各国事情では把握しきれない欧州の全体像をここまで明瞭に整理した類書は、管見の限りでは見当たらない。グローバル化/国家主権/民主主義は同時には成立しない、という説に対して、これらを組み合わせた「解」を模索する遠藤の議論は、日本に示唆するところも大きい。

三冊目は橘木俊詔/迫田さやか『夫婦格差社会』。日本が格差社会である、といわれるようになって久しいが、本書は様々なデータを駆使し、家族に焦点をあてることでその実態を描き出す。家族という比較的身近な話題を通じて、格差の問題を考えることができる。「パワーカップル」や「ウィークカップル」など、頷かされる部分も多い。現代の日本がすでに身分制社会になっているのではないか、もしそれならば、どのような対応があり得るのか、ということを考えさせられる本である。

目の前にある現実を知ると、それは変えることのできない前提であるかのようにみえ、ともするとシニシズムに陥りがちである。この三冊は現実を巧みに整理しつつ、どのように現実を変えていくことができるのか、それは人々にとって望ましいのかを、考えさせてくれる良書である。

山崎望(やまざき・のぞむ)

1974年、東京都生まれ。1998年、東京大学法学部卒業。2000年、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。2006年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。現在、駒澤大学法学部教授。専門は、現代政治理論/国際政治。著書に『来るべきデモクラシー 暴力と排除に抗して』、共著に『ポスト代表制の政治学』『ここから始める政治理論』など。