2019 09/06
私の好きな中公新書3冊

日英関係史に関する三冊/矢吹啓

片山慶隆『小村寿太郎 近代日本外交の体現者』
大庭定男『戦中ロンドン日本語学校』
小菅信子『戦後和解 日本は〈過去〉から解き放たれるのか』

学生の頃は、少し時間があると本屋の新書コーナーに寄るのが好きだった。気がつくと立ち読みで長い時間が過ぎているか、それとも財布が軽く、鞄は重くなっているか。タイトルに惹かれて購入して後悔することもあったが、中公新書で損をした記憶はない。今回は、現在手元にある限られたラインナップの中から、他の方との重複を避けて、日英関係史に関する三冊を紹介したい。

片山慶隆『小村寿太郎 近代日本外交の体現者』は、一八九四~一九一一年にかけて日本外交の第一線で活躍した外政家を描く、現在のところ唯一の研究者による評伝である。日英同盟の締結や日露戦争、韓国併合、不平等条約改正などの難局にあたって、小村は日本の国益を追求するだけでなく、欧米諸国との協調も常に意識していたという。本書は、手紙や日記などの個人文書が残されていないという史料の制約にもかかわらず、この希有な外交官の功罪や人柄をとてもよく描き出している。中公新書にはこの他にも専門の研究者による信頼できる評伝が多数あり、新書という形で気軽に触れることができるのはありがたい。

大庭定男『戦中ロンドン日本語学校』は、太平洋戦争勃発とともに日本語人材が急遽必要になって、ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)に開設された日本語特訓コースおよびその教官と卒業生を題材とする。このコースの卒業生は、日本軍との戦闘地域に送られ、情報将校として俘虜尋問や鹵獲史料の解読にあたったほか、日本進駐軍にも加わり、戦後は語学を活かして経済界や官界、学界などで活躍した。英国における日英関係史の権威がどのようにして日本語を習得したのか常々不思議に思っていたが、人に紹介されてこの本を読み、疑問が氷解した。戦争のための詰め込み教育が戦後の日英関係を支える日本通を育てることになるとは、歴史の皮肉を感じずにはいられない。

小菅信子『戦後和解 日本は〈過去〉から解き放たれるのか』は、戦争後の講和と和解の歴史を紐解く。戦争犯罪裁判の日独比較を踏まえて、捕虜処遇問題をめぐる日英関係の変遷を戦後和解の一つの形として描き出し、さらに中国との和解を展望する。小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐって日中関係が悪化した時期に書かれた著作だが、バランスのとれた叙述と提言は今でもなお新鮮だ。韓国との関係が大きく揺らいでいる今こそ読み返したい一冊である。

矢吹啓(やぶき・ひらく)

1982年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科欧米文化研究専攻(西洋史学)博士課程満期退学。キングス・カレッジ・ロンドン社会科学・公共政策学部戦争研究科博士課程留学。専門はイギリス海軍史、日英関係史。論文に「ドイツの脅威――イギリス海軍から見た英独建艦競争、1898~1918」三宅正樹・石津朋之他編『ドイツ史と戦争――「軍事史」と「戦争史」』(彩流社、2011年)、"Britain and the Resale of Argentine Cruisers to Japan before the Russo-Japanese War," War in History, 16:4 (2009)など。訳書にジェレミー・ブラック『海戦の世界史』(中央公論新社、2019年)、Naoyuki Agawa, Friendship across the Seas(出版文化産業振興財団、2019年)[阿川尚之『海の友情』(中央公論新社、2001年)の英訳]、『マハン海戦論』(原書房、2017年)、『コーベット海洋戦略の諸原則』(原書房、2016年)など。