- 2019 05/24
- 著者に聞く
山手線目黒駅から歩いて10分、高級住宅地として知られる白金台に国立科学博物館附属自然教育園がある。園内全体が天然記念物に指定され、入場者も最大300人に制限されるなど、貴重な都心の自然が守られている。
この自然教育園で、『カラー版 虫や鳥が見ている世界―紫外線写真が明かす生存戦略』を刊行した浅間茂さんにお話を伺った。
――ずいぶん森が深いですね。
浅間:いまは鳥たちにとって子育ての時期です。木の上にカラスが鳴いていますね。あれはハシブトガラスです。ハシブトガラスは、地上で見つけた餌を木の上に持っていって食べます。だから上下の移動が得意なんです。
本来はこの自然園のように樹木の多いところに棲息しているのですが、都会のビル群も高いところと低いところがあるのでハシブトガラスにとっては生活しやすいんです。これにたいしてハシボソガラスは草原のような平らなところをぴょんぴょん飛んで餌を探します。だから農村や河川敷などにはいますが、都会ではまず見かけません。
このハシブトガラスの羽は、よく見ると真っ黒ではなく、構造色と言って羽の微細な構造によって微妙に色の違いがあります。この色の違いは、紫外線が写るカメラで撮影するともっとはっきりします。
本書で述べたように、この紫外線による色の違いをカラスたちは見分けていて、一羽一羽を識別しているのではないかと考えています。これに対してハシボソガラスには紫外色による羽の色の違いはほとんどありません。
――これが、本書で活躍した紫外線カメラですね。
浅間:そうです。市販のデジタル一眼レフカメラを改造しました。これ以外にも何種類か製作しました。いまのカメラの多くは、レンズがガラスでできており紫外線を通しにくかったり、さらに紫外線をカットするコーティングがレンズにしてあったりするので、コーティングしていない古い、レンズ枚数の少ないレンズなどを探します。
身近に手に入るレンズでは写真の引きのばし用のEL-nikkorが比較的紫外線を通します。今日持ってきたレンズは、ニコンの紫外線撮影専用のレンズです。カメラには紫外線・赤外線をカットするフィルターが付いていますので、それをはずします。
そのうえで、紫外線透過フィルターと赤外線をカットするフィルターをレンズにつけると、紫外線だけがレンズを透過するようになります。その紫外線をカメラのセンサーで捉え、可視光線に変換すると人間の眼でも紫外線を識別することが出来るようになります。
レンズの両側に2つついているのが紫外線を出すフラッシュです。紫外線は可視光線に比べると1割程度ですから、どうしても光量が少なくなりがちです。晴天の日なたなら問題ないのですが、曇りの日や日陰では紫外線フラッシュを焚くことが多いのです。
フラッシュを焚いても肉眼で見るとなにも光っていないように見えますが、ちゃんと紫外線を出しています。
――森を抜けて湿原に来ました。
浅間:キショウブが咲いていますね。これも撮ってみましょう。
肉眼だと上のように見えますが、紫外線カメラだと下のように見えます。
花びらが黄色一色ではなくて、内側と外側で色が違っているのがわかります。これは内側が紫外線を吸収して、外側が反射することで、虫たちに「花の内側はここだよ、ここに蜜があるよ」と教えているんです。これをネクター・ガイドと言います。
虫たちは人間ほど視力が良くないですが、紫外線を見ることができるので、蜜を探すことが出来るんですね。ナノハナなど、他の黄色い花の多くにも、このネクター・ガイドがあります。人間には見えないところで、花や虫はいろいろ工夫をこらしているんです。
――ところで、浅間さんはなぜ紫外線写真をとろうと思ったのですか。
浅間:元から、見えない世界に興味がありました。それで電子顕微鏡を買っていろいろなものを観察していました。鳥やチョウの構造色の仕組みを電子顕微鏡で見ているうちに、構造色は紫外線を反射するか疑問に思い、紫外線を撮影するカメラに取り組みはじめました。
――いつから、また最初はどんなものをとっていましたか。
浅間:紫外線カメラをつくるのに取り組みはじめたのは、高校(千葉県立千葉高校)に勤務していた58歳のときです。今から10年前、定年の2年前でした。最初にどんなものを撮ったかは忘れていましたが、以前執筆し、いまでもネットで公開されている「話の種のテーブル」を見たところ、2010年の元旦に「新年事はじめ」として手賀沼遊歩道でジョロウグモやツバキの花の紫外線写真を撮影したのが記載されていました。はじめは、手当たり次第に身近なものを何でも撮っていたと思います。
――紫外線写真を撮るようになって、どんな発見がありましたか。それを発見したとき、どんな気持ちでしたか。
浅間:はじめは、これは紫外線ではどんなふうに見えるだろうかという、ただそれだけで撮影していました。そして、それがどんな意味を持つのか、推理していくのが楽しみでした。
本書でも紹介したように、ウツボカズラの捕虫嚢やスクミリンゴガイの卵塊が紫外線を強く反射したり、水鳥の幼鳥の額の紫外線反射が目立つことなど、新たな発見だらけでワクワクしながら撮影と観察を続けました。生態学会・鳥学会・クモ学会・千葉県生物学会などでも発表しました。
――その後、どういうものを撮るようになりましたか。
浅間:最近は北海道や沖縄に出かけて、チョウや鳥の撮影に取り組んでいます。この5月の連休には渡り鳥のノゴマを狙って、北海道に行ってきました。
ボルネオにはもう60回以上訪れており、ここ3~4年は、美しい色彩を持つ構造色の鳥の紫外線撮影に取り組んでいるのですが、なかなか難しいです。ボルネオでは今年はフタバガキの一斉開花の年にあたります。数年に一度、一斉に開花し、たくさんの実が出来るので、多くの動物を見るチャンスです。そこで、5月26日から2週間ボルネオに行ってきます。そのために、紫外線写真専用のオートフォーカスができる望遠レンズを組み立てました。
――今後、どんなものを撮ろうと思いますか。
浅間:今後は海の生物を撮ろうと思っています。美しい色彩を持つウミウシは魅力的です。また鳥の卵の紫外線反射はどうかにも、関心を持っています。
さらに、子どもたちを相手に自然観察会を行っていますが、いつも花の紫外線写真に驚きの声が上がります。今、誰にでも簡単に作れる紫外線カメラの作製にチャレンジしています。
――最後に、何か読者に伝えたいことがありましたら。
浅間:この本には、紫外線写真を通して新しく発見した、生物同士の関わり合いが数多く記されています。このテーマを元に、裏付けになるようないろいろな観察・研究が進んでくれたらありがたいと思います。