2018 11/16
編集部だより

大沼先生

年齢を重ねると、訃報に接する機会も増えるもの。去る10月16日、『サハリン棄民』(1992年)、『「慰安婦」問題とは何だったのか』(2007年)、『「歴史認識」とは何か』(2015年)と三度にわたって中公新書をご執筆くださった大沼保昭先生が亡くなりました。

私が編集を担当したのは3冊目の『「歴史認識」とは何か』だけでしたが、見本ができあがったときにある種の感慨を覚えた本は決して多くありません。ジャーナリストの江川紹子さんが読者代表として聞き手を務め、「東京裁判は公正だったのか」「『立派なドイツ、ダメな日本』は本当か」など、誰もが疑問に思うポイントをQ&A形式で解説したもので、戦後70年の8月を期して7月25日の刊行が決まり、月に一度のインタビューは順調に進んだのですが......。

インタビューを再構成してできあがった原稿は完成度の高いものでしたが、結局元の痕跡をとどめないほどに書き換えることになったのでした。加筆・修正で真っ黒になった手書きの原稿がFAXで送られてきて、私が打ち込んでデータ化する。そんな作業が何日も続きました。FAXを届けてくれる同僚は誰もが同情と憐れみの表情を浮かべたものです。

しかしそれも、時間が限られていようとも安易に妥協せず、よりよい本に仕上げたいというお気持ちの表れでした。先生が亡くなったあとに奥様からいただいたご挨拶のメール――大沼ゼミOB会のメーリングリストに加えていただいていたのです――によると、12月刊行予定のちくま新書『国際法』の原稿を、先生は亡くなる前日までご執筆になっていたそうです。最後の最後まで情熱のこもった遺作からは、どんなお声が聞こえてくるでしょうか。(一)