- 2018 04/25
- 私の好きな中公新書3冊
加賀乙彦『死刑囚の記録』
加賀乙彦『ドストエフスキイ』
三木成夫『胎児の世界 人類の生命記憶』
よく見知っているはずの街なのに、気がつくとまったく別の場所に来てしまったような気持ちになることが増えたように思う。それでも変わらない佇まいの凛とした店を見ると安心するのだが、中公新書は私にとってはそのような存在である。若い頃に読んで心を打たれた作品が、書店で変わらず静かに待っていてくれるのだ。
そうはいっても四十年近く前の本だ。私の暮らす街の小さな書店にはもしかしたらないかもしれないと確認しに行ったら、ちゃんと待っていてくれたのが加賀乙彦『死刑囚の記録』である。東京拘置所の精神科医官となった著者が自分の接した死刑囚を記録した書。私が繰り返し読んで来たのは、時間についていつも思い起こさせてくれるからだ。いつ"おむかえ"が来るかわからない死刑囚の確実な時間は平日二十四時間、土曜日だけは四十八時間。そのような限定的な時のなかで、どのように人は振る舞い、何を考えるのか。古くはパスカルが『パンセ』で唱えた、人は「みな死刑を宣告されている」という言説に対する著者の考察にも心打たれる。同じ著者による『ドストエフスキイ』も良書だ。
三木成夫の『胎児の世界』は解剖学の専門家による、胎児の「生命記憶」について書かれた本だ。胎児はどんな夢を見るのか。三十億年前"原初の生命球"が誕生した太古の昔から、そのからだに次々に受け継がれて来た記憶。胎児は受精してから生まれるまでに、生物の歴史の進化を忠実に表しているという。忘れられないのは、著者の子どもが熱を出して母乳を飲まなかった時に、乳が張る妻のために著者が乳を吸うことになる場面だ。決して飲み込んではいけないと頑なに拒むのはなぜか。その答えは想像を絶する。ぜひ手に取って驚きを共有してほしい。その詩的な世界の深さに感銘を受けるはずだ。