2018 04/20
都市の「政治学的想像力」

(第17回)数多い公的企業

ICBCの代理店。インド系住民の多い地域なのでパンジャブ語の表記もあります。

カナダのすぐ南にある隣国アメリカでは、さまざま公共サービスが民営化され、民間企業による競争的なサービス供給が知られています。しかし、カナダでは公的企業が独占的に公共サービスを供給することが多いです。連載第11回で、メトロ・バンクーバーの公共交通を一元的に管理するトランスリンク社を紹介しました。そのメトロ・バンクーバー以外のブリティッシュ・コロンビア州内の交通も、BCトランジットという公的企業が一元的に管理運営を行っています。

BCトランジットは、カナダの「クラウン・コーポレーションCrown Corporation」と言われる組織のひとつで、国家や州が所有する企業(この場合ブリティッシュコロンビア州)という位置づけを与えられています。日本で言えば以前の特殊法人、現在の独立行政法人に近いものと言えるでしょう。カナダの場合、クラウン、という名前が示しているように、国でも州でも所有者はカナダそのものである国王、つまり現在であればエリザベス二世という形式がとられています。連邦政府あるいは州政府が企業の長を任命し、予算を付与することもあるものの、基本的には組織として高い独立性が与えられています。

クラウン・コーポレーションは、様々な分野に存在しますが、中でも規模が大きいのはBCハイドロという電力企業です。ハイドロ(Hydro)とは「水力発電」を意味する言葉で、その言葉通り、基本的にはブリティッシュ・コロンビア州に豊富に存在する水を使って発電を行い、州内ほとんどの地域に電力を供給しています。もともとは天然ガス部門もあったのですが、1988年に民間企業に売却され、ガスについてはFortisBCという民間企業が供給しています。とはいえ、これもほとんど独占的な供給ですが。

高い独立性が担保されているといっても、クラウン・コーポレーションのトップは重要な役職でもあるために、政治的な任用も行われます。2017年5月に行われた州議会議員選挙の後に生じた政権交代の結果、BCハイドロをはじめ、いくつかのクラウン・コーポレーションのトップが更迭され、政権についた新民主党(NDP)が新たなトップを任命しました。トップが交代したクラウン・コーポレーションのひとつに、自動車保険の販売をはじめとして運転免許の付与や車両登録などを行う保険会社(ICBC)があります。ICBCは前政権のもとで、それまでの非営利ベースから営利ベースへと性格を変え、また多額の赤字のために保険料の引き上げが行いました。新政権は、それを前政権の運営のまずさによるものだと批判して改革を訴えています(が、結局保険料は上がりそうですが......)。

電力や交通機関など様々な分野で、独占が生じるとサービスの質が悪くなる、ということがしばしば批判されますが、バンクーバーで暮らしている中で、それほど不自由を感じたことはありません。日本と比べると、少し料金が高いような気はしますが、複数の企業が競合していてより競争の激しいはずのインターネット接続でさらに割高感を感じることを考えると、競争を入れたら料金が下がってサービスの質が上がるかどうかはよくわかりません。ただ、明らかにサービスに問題があると感じるクラウン・コーポレーションもないわけでもありません。日本の郵便局にあたるカナダ・ポスト(州営ではなく国営)は、日本に何かを送るときは問題ないのですが、日本からの普通郵便がカナダの目的地に届くまでに2ヵ月近くかかることがざらにあります......。料金はともかく、何がサービスの違いを生み出すのか、という点はなかなか興味深いところです。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。