2017 10/26
都市の「政治学的想像力」

(第11回)都市交通の管理

カナダのトランスリンク社のアプリ。交通機関の発着時間の状況などが確認できます。

日本の、とりわけ東京の公共交通ネットワークは世界でも有数の高い水準にあるものだと言われます。ネットワークが細かく張り巡らされているだけでなく、基本的に短い間隔で、しかも時間に正確に運行される様子は、海外で暮らすと改めて驚かされます。

東京のような日本の大都市で展開する公共交通の特徴としては、様々な会社がネットワークに参加していることが挙げられます。東京でいえば、もともと国有鉄道であったJRだけではなく、小田急・京王・東急・京急・西武・東武……といった私鉄があり、営団地に都営という地下鉄があります。それだけでなく、各私鉄の系列のバス会社や都営バス、さらには独立系のバス会社も少数存在しています。これらの会社が、独自に路線を開発し、乗客から料金を取って事業を行っているわけです。

どのように路線を開発し、どれほどの料金を設定するかは重要な問題です。人口が多いのだからと鉄道やバスの路線が特定の地域に偏ると、競争が激しくなりすぎて経営が立ち行かなくなるかもしれません。他方で競争が全くなくて価格を自由に設定できるとすれば、闇雲に高い価格を設定する会社も出てくるかもしれません。そこで、日本の場合は、鉄道会社やバス会社がどのような路線を敷くか、またどの程度の料金を取るかについては、政府の審議会などで調整し、地域全体にとって利便性が高まるような交通ネットワークを整備することが目指されています。

東京のように、多種多様な事業者が存在する交通ネットワークに慣れると、バンクーバーの公共交通はずいぶん違う仕組みに見えます。バンクーバーでは、市内の公共交通を、トランスリンクという事業主体が管理しています。もともと、ここは路面電車を運営していたバンクーバーの政府機関(Great Vancouver Transportation Authority)でしたが、その後トロリーバスやフェリー、鉄道(スカイトレイン)などにも事業が拡大されていきました。今では、ブリティッシュコロンビア州と、バンクーバーと近郊の自治体で作る「メトロ・バンクーバー」のもとで交通に関する事業を実施する主体として位置付けられています。

トランスリンクの交通ネットワーク(トランスリンク社のサイトより作成)。オレンジが政府の、青がトランスリンクの管理する道路となっています。

鉄道やバスなどの交通機関が一元的に運営されているので、時間の管理などについても一元的に行うことができます。たとえば、市内の交通機関の、駅などへの到着時刻については、トランスリンクが配布するアプリを通じて、スマートフォンで確認できます。一応時刻表もあるものの、必ずしもその通りに動くわけではないので、結局のところアプリを見ながら、現在地から目的地までどのルートが最適なのかを考えることになります。もちろん、ルートを推奨する機能もありますので。

しかし、交通の管理とは、鉄道やバス、フェリーの運行を担当することだけを指すわけではありません。興味深いのは、メトロ・バンクーバーの幹線道路の開発を行ったり、一部の橋の建設・管理を行ったり、さらには自転車道の整備も担ったりしているところです。要するに、運送事業にかかわるだけではなく、道路整備も含めた都市の公共交通を一元的・総合的に管理していることになります。

ひとつの事業主体で統合的に運営されているので、モータリゼーションの状況を見ながら公共交通の路線や運行を考えられますし、また、たとえば自転車利用を促すために、自転車専用道路の整備などにより資源を投入するような運用なども可能になります。バンクーバーは大都市と言っても規模が小さいので、こうした運営が可能です。日本では、東京のように極端に規模が大きい都市は難しいにせよ、中規模な地方都市で一元的に交通を管理する事業主体などができると面白いかもしれません。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、神戸大学法学部准教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。