2018 07/25
私の好きな中公新書3冊

時代を超える読書体験/佐藤健太郎

本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』
野口悠紀雄『「超」文章法 伝えたいことをどう書くか』
藤沢道郎『物語 イタリアの歴史 解体から統一まで』

純白と深い緑のコントラストも鮮やかな中公新書の書籍群に、特別な思いを抱く人は多いだろう。発売されてから20年も経った本を若者が読んでも面白く、それをさらに20年後、中年となった身が読み返してまた勉強になる。時々本棚から引っ張り出してぱらぱらと眺めるにつけ、その古びることのない価値に思わず唸ってしまう。

『ゾウの時間 ネズミの時間』は、筆者にとってそんな本の代表だ。ゾウやネズミなどあらゆる動物は、体の大きさも寿命も全く違うのに、一生の間に心臓が打つ回数は約20億回ときまっている。動物ごとの標準代謝量は、体重の3/4乗に比例する――生物をそのように捉えるのか、捉えてよいものだったのか。読んだ後、世界がそれまでと全く違ったものに見えることを幸福な読書体験と呼ぶなら、この本こそはまさにそれだ。巧みなアナロジーと、そこはかとないユーモアにも満ちている。自分も一生に一度はこういう本を書いてみたいがまあ無理だなあ、と読み返すたび天を仰ぐ一冊である。

『「超」文章法』は、最もお世話になった一冊だ。もう10年ほども文章を書いて暮らしていながら、これまた読み返すたびに教えられ、はっとさせられる。"文章を書く作業は、見たまま、感じたままを書くことではない。その中から書くに値するものを抽出することだ"――読んだ2秒後に「当たり前じゃないか」と思い、5秒後に「こんな当たり前のことを自分は意識していなかったのか」とうなだれる。真理とはすなわちこういうことなのだろう。

『物語 イタリアの歴史』は、イタリアに生きた10人の人生を描くことで、同国の歴史そのものを浮かび上がらせた傑作。筆力とはこういうことかと思わされる。再読して、筆者の著書もこの本の影響を深く受けていたことに改めて気づかされた。

佐藤健太郎(さとう・けんたろう)

1970年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院修士課程修了。専門分野は化学。医薬品メーカーの研究職を経てサイエンスライターに。科学ジャーナリスト賞(『医薬品クライシス』に対して)、化学コミュニケーション賞を受賞。『炭素文明論』『ふしぎな国道』『世界史を変えた薬』『医薬品とノーベル賞』ほか著書多数。