2018 03/16
都市の「政治学的想像力」

(第16回)パイプライン vs. ワイン

ブリティッシュコロンビア州は、ワインの産地としても知られています

バンクーバーを含むカナダのブリティッシュコロンビア州で、数年前から大きな政治問題として浮上しているのが、アルバータ州で採掘された石油を運ぶパイプラインの敷設(増設)です。内陸のアルバータ州から沿岸部のブリティッシュコロンビア州に石油を送れれば、そこから海運による輸出が可能となるので、カナダの連邦政府もこの事業を進めています。

ただ、ブリティッシュコロンビア州では、この事業に対して根強い反対運動が続いています。その理由としては、周辺の環境が敷設されたパイプラインから石油が漏れ出したりするリスクにさらされていること、とりわけ敷設される地域の周辺に住む先住民(First nations)の生活が脅かされてしまうことが挙げられています。

実はパイプラインの増設について、もともと連邦政府のトルドー首相は賛成ではなかったようです。しかし、首相就任後の2016年11月に、大きな批判を受けながらも建設に承認を与えました。最近でも、ブリティッシュコロンビア州での建設に関するタウンミーティングなどで自ら説明を行っていて、参加者からは相当厳しい批判が出たと報道されています。

ブリティッシュコロンビア州では、特にパイプラインのゴールにあたるバンクーバー近郊(正確にはバンクーバー市に隣接するバーナビー市)の市長などが敷設に反対していました。しかし、連邦政府による2016年11月の決定を受け、2017年1月に州首相がパイプラインから得られる利益の公正な配分などの条件を付けたうえで、受け入れを表明しました。ところが、5月に行われた総選挙で自由党政権が負けて、緑の党の支援を受けた新民主党の少数政権が発足すると(第7回参照)、州政府のパイプラインに対する態度は一転して反対となります。

パイプラインへの反対は、緑の党にとってもっとも重要なテーマのため、緑の党の支持がないと過半数を失う新民主党にとっても譲れないものとなっています。そのために、現在の州首相はなんとしてでも反対という姿勢を打ち出し、2018年1月末には、ブリティッシュコロンビア州として、パイプラインからの石油の漏れ出しについての評価が定まるまではアルバータ州からの瀝青(bitumen:アスファルトやコールタールなど)の輸送の増加を制限すると発表しました。

もちろん、これは資源輸出を考えるアルバータ州政府にとって受け入れられるわけはありません。アルバータ州政府は反撃として、ブリティッシュコロンビア州のワインをボイコットする発表をしたのです。基本的に州政府がアルコールの販売を一括して管理しているカナダならではなのですが(第10回参照)、ブリティッシュコロンビア州としては大きな打撃になります。そこで、アルバータ州の措置を批判しつつ、瀝青の輸送に制限をかけるという最初の提案が憲法に反していないかどうか、裁判所の意見を聞くことになりました。

カナダは、世界でもっとも地方分権が進んだ国のひとつとされていて、州政府が大きな権限を持っています。しかしだからこそ、このように州間で解決できない問題がこじれてしまうと、のっぴきならない状況が生まれもします。実はブリティッシュコロンビア州もアルバータ州も同じ新民主党という政党が政権を握っていますが、両者を包含するような上位の政党組織があるわけではなく、この問題を政党の内部で調整し、解決することは不可能となっています。結局、どちらかが完全にあきらめるまで、連邦政府・州政府・司法機関がお互いにやり取りを続けていくことになりますが、これは連邦制における民主主義の実現のために避けられないプロセスだと言えます。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。