2017 09/29
都市の「政治学的想像力」

(第10回)お酒の規制

公営の酒屋「BCリカー」。BCはブリティッシュコロンビアの略称、リカーはアルコール飲料を指します。

カナダに住み始めてすぐに気がつくのは、お酒を買うのが難しいことです。もちろん、19歳という年齢による規制もありますが(なぜか私もときどき身分証の提示を求められます......)、買える場所が限られているのも問題です。現在の日本では、スーパーやコンビニで普通にお酒が売っていますが、私が住むブリティッシュコロンビア州の場合には、そのような小売店ではお酒が売っておらず、BCリカーという公営のお店を中心に、基本的に酒販の専門店でないと購入できません。

日本では、お酒は規制緩和の事例としてしばしば取り上げられます。カナダのように公営の店とまでいきませんが、もともと日本でも、許認可を受けた限定された酒屋のみを通じてお酒が売られていました。酒販にそのような許認可が必要とされた有力な根拠のひとつには、歴史的というよりかなり機能的な説明ですが、徴税コストの低さがあります。消費税のような一般の小売にかかる付加価値税が導入される前は、間接税といえば酒・たばこなど少数の品目に限られていました。どの小売店でもお酒(たばこ)が販売できるとなると、間接税を徴税する国税庁にとってもかなり大変なので、酒屋(あるいはたばこ屋)に許認可を与えて売るルートを限定し、限られた店から間接税(酒税・たばこ税)を効率的に徴収することができたのです。

しかし消費税の導入により、どの小売店でも間接税を納めるようになると、「もともと酒販免許を持っていた酒屋が業態転換したコンビニエンスストア」ではお酒が買えるけど、そうでないコンビニエンスストアだと買えない、という状況が生まれます。競争に負けないために、新たにお酒を売りたいとしても、酒販免許の交付に距離基準や人口基準があって新規参入がなかなかできません。そうすると、お酒という強力な売れ筋商品がある前者は、後者よりも集客が見込めるので、競争の観点から不公平だという指摘が出てきます。典型的な規制緩和のストーリーですが、このような議論を受けて2000年代に酒販免許の交付の基準が相当緩和され、今ではどのスーパー・コンビニでもたいていお酒が売られるようになりました。

日本での酒販規制の緩和は、規制緩和のひとつの成功例のようにも考えられてきました。それに対してカナダでは基本的に酒販の公営が維持されています。上述のBCリカーは州政府の機関であるBC liquor distribution branch(LDB)の直営で、この機関には州内で独占的なお酒の購入権が与えられているようです。要するに州内ではここを通さないとお酒を買えず、普通のレストランのようなお店でもお酒を出すためにはLDBから買ったものを売らないといけません。そのためにLDBがお酒を購入する量はとても多く、世界で最も大きいお酒の買い手の一つになっているとか。なお買ったお酒をそのまま外で飲むことも禁止されているので、行楽地などでも免許を持っているお店の区域内など限られたところでしかお酒を飲めません。

日本では(最近少しずつ変わってきているようにも思いますが)かなり酔っ払いにやさしい文化のようなものがあって、たとえば桜の季節には公園で宴会をしているような様子がテレビなどで割と好意的に報道されることが珍しくありません。他方でカナダでは、人前で泥酔するようなことは許されませんし、そもそもお酒を出さないレストランも多いくらいです。人が集まるダウンタウンを除けばレストランでの「飲み会」のような風景を見ることも稀です。日本とカナダの違いは、社会全体のお酒に対する態度を示しているのかもしれません。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、神戸大学法学部准教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。