2018 01/18
都市の「政治学的想像力」

(第14回)キャッシュレス社会

会計時にはこの機械が来ます。写真ではコードがついてますが、基本的にワイヤレスです。

日本は世界的に見てもめずらしいくらいの「現金社会」であるとされ、買い物やサービスへの支払いに現金を使うのはごく一般的です。しかし、最近はJR東日本が発行するSuicaなどのICカードや、クレジットカードによる決済が増えてきました。また、諸外国での「キャッシュレス化」を背景とした現金決済への批判――典型的にはマネーロンダリングの温床になるなど――も見られるようになってきました。

バンクーバーの場合、欧米で一般に見られるように、クレジットカード決済が普及しています。ファーストフード店で1.5ドルくらいのコーヒーを飲むのさえもクレジットカードを使うのに躊躇がありませんから、基本的に現金を持つ必要はありません。交通機関についても、タクシーはもちろん、バスや鉄道でもトランスリンク(第11回)が発行しているプリペイドカードを買えば、現金なしでも全く問題ありません。

レストランなどでクレジットカード決済をするときは、写真にあるような機械を使うのが一般的です。なお私はこの機械を何と呼ぶのか知りませんが、レストランなどでは「マシーン」をお願いすれば普通に持ってきてくれます。それはともかく、決済するときには、客がその場でカードをこの機械に挿入して暗証番号を打ち込みます(IC付きカードの場合)。

私の数少ないアメリカ滞在経験では、客がカードを店に渡して、そのあと伝票にサインするとともにチップの額を書くことが多く、時間がかかるし面倒だなあと思っていました。しかし、ここバンクーバーのように「マシーン」を使えば、その場でチップの額も一緒に打ち込んで決済できます(出張で行ったトロントでも同じでした)。時間もかかりませんし、目の前でカード決済が終わる安心感もあります。

日本で現金決済が根強い理由のひとつに、レストランや居酒屋などでの「割り勘」があるとされます。しかし、仮に「マシーン」を使う場合には、店員が金額を打ち込んで決済するので、「割り勘」も楽です。額さえ決めておけば、順番にカードで決済していけばよいだけです。まああんまり大人数でやると嫌がられるでしょうが......。

他方、現金を使うことが少ないため、店で100ドル札(約1万円弱)のような高額紙幣を出すと妙な顔をされることがあります。スーパーなどで100ドル札を出すと、何度も紙幣の透かしの確認などをしてからお釣りをくれるようなこともしばしばです。そんな状況ですから、困るのはクレジットカードを使えない個人間の決済などです。数百ドルくらいの決済など、日本では現金で可能なところも、カナダで現金のやり取りをすることはほとんどありません。

そこで使われるのが小切手による決済です。個人が銀行口座から小切手を振り出して、受け取った人はそれを銀行で換金します。銀行に行くのは面倒ですが、多くの現金を持っていても困ります。そこで、現金とは別の決済手段というと、以前から使われ続けている小切手ということになるのでしょう。この場合、今の日本であれば銀行振込などを使いそうなところですが、手数料の問題もあります。

反対に考えてみると、キャッシュレス社会を実現しているところでは、もともと現金とは異なる個人間決済の手段が発達していたという事情があるのかもしれません。日本もキャッシュレス社会に移行するとすれば、クレジットカードの普及だけでなく、現金で行われている個人間の決済手段をどのように用意すべきか、考える必要があるのでしょう。

砂原庸介(すなはら・ようすけ)

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部総合社会科学科卒業。日本学術振興会特別研究員、大阪市立大学准教授などを経て、現在、神戸大学法学部教授。博士(学術)。専門は政治学、行政学、地方自治。著書に『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『大阪―大都市は国家を超えるか』(中公新書、サントリー学芸賞)、『民主主義の条件』(東洋経済新報社)、『分裂と統合の日本政治』(千倉書房、大佛次郎論壇賞)。共著に『政治学の第一歩』(有斐閣ストゥディア)などがある。