2017 11/27
私の好きな中公新書3冊

「一生縁のない世界」を覗いてみよう/飯田泰之

中野三敏『江戸文化評判記 雅俗融和の世界』
桂紹隆『インド人の論理学 問答法から帰納法へ』
服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』

自分にとって役に立つことはまずないであろう分野の「チラ見」は、楽しい経験だ。好奇心だけで覗き見た情報は、時に思わぬ気づきを生むこともある。

『江戸文化評判記』は、「俗」でいてどこか「雅」な江戸後期の文化について軽快なエッセイ調で紹介している。話は浮世絵や遊郭といったおなじみのものにとどまらず、地方で花開いた文化にまで及ぶ。本筋ではないが、遊女評判記(現代風に言えば夜の街の情報誌のようなもの)が中国や英国にもあったとは驚きだ。そして注目すべきは最終章。和本の取り扱いに関する入門にもなっている。同章を読むと、古書店に足を踏み入れた際の気分がなんとなく変わるから不思議なものだ。

『インド人の論理学』は、およそ自分にとって一生縁のない世界の代表だ。かつて論理に関する著作を出版した際に、「飯田さんの論理構成はどことなくインドの論理学を思わせますね」と言われて何の気なしに手に取った作品である。5世紀前半にヴァーツヤーヤナ(残念ながら、性愛の理論書『カーマ・スートラ』の著者とは別人とのこと)が記した論争のルール、そのなかで列挙される「論争に負けたとみなされるべき条件」を読むと、思わず「こういう奴、ネットでよく見るよね」と微笑ましくなる。

そして、「異質な世界を覗く経験としての読書」ならぬ「異質な世界を覗いた人の経験を読む」ならば、その不朽の名作は『ルワンダ中央銀行総裁日記』だろう。ライトノベルには「異世界転生モノ」と呼ばれる分野がある。主人公がファンタジーの世界に生まれ変わり、現代の知識を使って活躍するという荒唐無稽なストーリーを指すが、まさにそれを地で行く著者の経験は、純粋にストーリーとして楽しめる。

新書は知の世界の案内人。専門書を読むほど興味があるわけではないものの、少し気になる世界を垣間見させてくれる媒体なのだ。

飯田泰之(いいだ・やすゆき)

1975年生まれ。エコノミスト。明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、内閣府規制改革推進会議委員。東京大学経済学部卒業後、同大学院経済学研究科博士課程単位取得。主な著書に『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』『経済学講義』(ちくま新書)、『飯田のミクロ』『マクロ経済学の核心』(光文社新書)などがある。