2017 10/13
私の好きな中公新書3冊

インターネット時代の取材のヒント/石戸諭

對馬達雄『ヒトラーに抵抗した人々 反ナチ市民の勇気とは何か』
佐藤卓己『言論統制 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』
服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記 増補版』

インターネットには、読者に響きやすい「わかりやすい物語」や「強い言葉」があふれています。それは感情に働きかける言葉、とも言えます。私は、ネットメディアで記者をしていますが、こんな時代だからこそ、「流されずに思考する力」が記者に求められていると思うのです。

『ヒトラーに抵抗した人々』は、ヒトラー政権下のドイツにあって、その時代に抵抗した人々の姿を描いたもの。軸になっているのは、日本ではほとんど無名のアドルフ・ライヒヴァインという教育者です。極限状態に近い「暗い時代」であっても、人は良心を貫くことができるのか?事実を淡々と記述しながら、著者が問い続けたことは国や時代を超えて、現代社会への問いかけへと転化していきます。真摯に問い、人間はいかに生きるのかを考え続けること。この大切さを教えてくれる一冊です。

『言論統制』は、戦時中の言論界で恐れられた、鈴木庫三(くらぞう)少佐をめぐる隠された歴史を発掘した一冊です。鈴木は戦争協力に消極的な出版社を恫喝し、言論統制への道を強化した悪名高き人物とされてきました。しかし、彼の残した日記や著作をたどったときに見えてくる姿は、まったく異なるもの。この本はわかりやすい「悪」を作り上げ、思う存分に叩こうとするメディアへの本質的な批判でもあります。「何かを言い残そうとしながらも沈黙した、その人の声を聞きたい」という一文に感銘を受けました。

『ルワンダ中央銀行総裁日記』は、アフリカの小国ルワンダの中央銀行総裁として奮闘した著者のルポルタージュ。彼の体験を通じて、金融政策の力、経済の力が学べる新書ですが、なにより感動的なのは本書を貫いている、人間の可能性を信じようとする眼差しです。人を記号として捉えず、丸ごと受け止め、日々の仕事に取り組む著者が綴った記録から、学びとれることは多いと思います。

「事実のみの持つ無条件の説得力」があること――。中公新書が掲げた「刊行のことば」にある一節です。様々な情報が錯綜する現代だからこそ、意味を持つ言葉ではないでしょうか。

石戸諭(いしど・さとる)

1984年生まれ、東京都出身。2006年 立命館大学法学部卒業、同年に毎日新聞入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに入社。著書に2011年3月11日からの出来事を個人の視点から捉え直すノンフィクション『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)がある。