2017 09/14
私の好きな中公新書3冊

「民衆史」を考える手がかり/藤野裕子

井上幸治『秩父事件 自由民権期の農民蜂起
長谷川昇『博徒と自由民権 名古屋事件始末記』
姜徳相『関東大震災』

一般の人びとの歴史、いわゆる「民衆史」とよばれる分野は、高校の日本史の授業などでは、じっくりと教わらない分野かもしれない。ひとくちに「民衆」といっても、さまざまな人がいて、多様な顔を持つ。生活のために立ち上がったり、あるいは、誰かを差別したり。この3冊を手がかりに、戦前日本の「民衆」の歴史をたどってみると、いまの日本社会を見る眼も、同時に鍛えられるように思う。

井上幸治『秩父事件』は、自由民権運動のなかで起きた民衆蜂起をあつかった本である。明治の中頃、急激なデフレ政策によって困窮した農民たちが「困民党」を結成し、借金の据え置きや税金の減免をもとめて請願し、ついには蜂起する。時代の急速な変化に押しつぶされながら、何とかして生活を立て直そうとする人びとのエネルギーが、ダイナミックに描かれている。

長谷川昇『博徒と自由民権』は、これも民権運動に関する本だが、博打うちだった人びとに焦点を当てている。民権運動と博徒とはまったく結びつきがないようにも思えるが、本書は、名古屋での激化事件にかかわった人物の多くが、専業の博徒であったことを突き止める。親分子分の関係からなる強固な団結力によって、博徒の集団は時々の政治と結びつき、切り離される。戊辰戦争までさかのぼり、博徒たちが民権運動へとむかったプロセスが解き明かされていく。

最後に、政治権力に立ち向かう「民衆」とは、異なる姿を描いた1冊。姜徳相『関東大震災』は、震災時の朝鮮人虐殺について、デマの発生源、官憲の関与、犠牲者の調査などを検討し、官と民が一体となって行った虐殺の実態に迫る。一連の虐殺には軍隊・警察が関与したものも多く、犠牲者数の特定がむずかしい(記録に残りにくい)。本書を読むと、虐殺の犠牲者と災害の犠牲者とでは、犠牲となった出来事の意味合いが大きく異なることがわかるだろう。青丘文化社からの新装版もあわせておすすめしたい。

藤野裕子(ふじの・ゆうこ)

1976年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京女子大学現代教養学部准教授。著書に『都市と暴動の民衆史』(有志舎、第42回藤田賞)、共著に『震災・核災害の時代と歴史学』(青木書店)、『歴史学のアクチュアリティ』(東京大学出版会)などがある。