2017 07/07
私の好きな中公新書3冊

"小説脳"を刺激する3冊/塩田武士

黒木登志夫『研究不正 科学者の捏造、改竄、盗用
矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者
木村幹『韓国現代史 大統領たちの栄光と蹉跌

松本清張の名作短編が巧みなのは、人間の疑心暗鬼をうまく日常に当て嵌めている点だが、その物語の根底にあるのは、人間が犯す「不正」である。『研究不正』は科学者たちの捏造や論文盗用などに真正面から切り込んだ良書だ。実験用マウスの毛をフェルトペンで塗っただけで「(白いマウスの皮膚に)黒い皮膚が移植できた」と豪語し周囲を欺いたウイリアム・サマリン。彼の実験助手がアルコールでマウスを拭いて簡単に色落ちした瞬間は、科学の現場が神聖であるからこそ笑える。他に日本の「ノバルティス事件」や「STAP細胞問題」なども含め42の事例を分かりやすく解説。第五章の「なぜ、不正をするのか」という章も、研究者の著者ならではの説得力がある。

物語にとって重要なのは主人公の魅力だが、中でも読者は一貫した意志を持つ者を応援する。『ハンナ・アーレント』はそのタイトル通り、ドイツの女性哲学者の人生をまとめたものだ。ユダヤ人の彼女が「アイヒマン裁判」をまとめた『イェルサレムのアイヒマン』では、アドルフ・アイヒマンを悪魔の化身としてではなく「無思考性と悪の凡庸さ」という現象で捉え、単純なナチスの断罪を許さなかった。これがユダヤ人社会の強烈な反感を買い、友人たちから絶縁され、自著も絶版される憂き目に遭った。そんな状況でも信念を貫いた彼女に、哲学者としての矜持を感じる。

人間はより面白く、分かりやすい展開を見出しては、自らの"正義"を振りかざす。冷静さを欠いた「韓国評」の氾濫を後世の日本人はどう総括するのだろうか。『韓国現代史』は運命に翻弄されながらも激動の時代を駆け抜けた韓国の大統領たちを主人公に、この国の現代史を振り返る。「四月革命」「五・一六軍事クーデタ」「日韓国交正常化」「光州事件」――本書には右も左もない。冷静にこの激しい隣国を見つめるとき、一介の小説家として文化交流の大切さを思う。

塩田武士(しおた・たけし)

1979年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業。新聞社勤務後、2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。他の作品に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』などがある。『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞。同作品は『週刊文春』の「ミステリーベスト10 2016」国内部門第1位に選ばれた。