- 2017 06/28
- 知の現場から
国際政治と宗教の関係について、研究を進めている松本佐保さん。執筆場所であるご自宅に伺いました。
マンションの一室。執筆スペースはリビングダイニングも兼ねており、広く開放的。
書くときはご自宅で、ゲラの校正などは近所のカフェですることが多いという。
近代バチカンの内政および外交政策や影響力について書かれた『バチカン近現代史』は2013年の刊行ですが、今はどのようなご研究を?
「執筆後は、アメリカの宗教保守と政治の関係を研究し、昨年6月に『熱狂する「神の国」アメリカ』(文春新書)を刊行しました。
アメリカに関して言えば、プロテスタントと保守政治についての研究はよく行われていますが、私は、19世紀からケネディ大統領誕生までカトリックが差別されていたこと、1960年代後半からカトリックの一部が保守化する分裂の状況にも着眼して描いていきました。
それが一段落したので、現在は”国際機関とバチカン”というテーマに取り組んでいます。1814年のウィーン会議以降、現在までの研究をはじめたところですね」
海外でのご研究も多いと思うのですが、直近ではどちらに行かれましたか。
「国際連盟時代の史料を集めるため、ゴールデンウィークにバチカンに行ってきました。なぜ連盟時代の史料なのかというと、バチカンはナチスとの条約を結んだ関係で、1939年以降の史料がオフィシャルに公開されていないからです。
しかし今回、バチカンの国務省でずっと重要なポストにいたカザローリ(外務評議会委員長を経て1979年に国務長官に。90年まで同職)のプライベートペーパーが、遺族の意向で公開されることになったと知り、そのメインの部分も読んできました。
もともと、彼の出身地であるピアチェンツァ(イタリア北部)のローカルアーカイブスに保管されていたものですが、冷戦期のヘルシンキ合意や核軍縮に貢献した外交関係はバチカンの誇るべきことと認められ、その史料がバチカンにある国務省のアーカイブスで公開されることになったのです」
夏休みなども、バチカンに行かれるのでしょうか。
「実は、バチカンではローマ教皇が伝統的に夏期休暇の2ヵ月間を別荘で過ごすことを理由に、アーカイブスなどは閉じているんです。なので、夏には国際連盟や国際連合の研究をジュネーブなどに行って進めます」
主な史料はイタリア語、英語でしょうか? それともラテン語などもあるのですか、という問いに「近現代のものはイタリア語が多いです。赤十字との関係などはフランス語だったりもします」と答える。
多言語だと大変ではないですか、と感想を漏らすと、「最近は、午前中に意識的にイタリア語やフランス語に触れるようにしています。語学は触れていないといけないので。午後に日本語の仕事でしょうか」とこともなげに言う。
研究の道に進まれたきっかけを尋ねると「塩野七生さんの本に出会ってから。でも道を誤りました(笑)。中学時代、勉強が嫌いで嫌いで……。そのとき、塩野七生さんの『ルネサンスの女たち』を母に勧められたです。これをきっかけに、西洋史に関心を持ったんです」と嬉しそうに語る。
国際関係ではなく、ルネサンス期にご関心があったのですね。
「最初は、イタリア一筋でした。実は、卒論と修論もルネサンス期の社会経済史で、近代ではありません。ギルド(中世都市の商工業者の組合)とか、輸出貿易がどれくらいフィレンツェに富をもたらすかとか、毛織物の職人が起こした反乱のこととか(笑)。国際政治に関心を抱くようになったのは、博士課程からですね。塩野七生はあくまで原点です」
美術も大好きで、大学では美術史の授業も担当しているという。
学生さんから”血なまぐさいの国際関係が専門なのか、それとも優雅な文化史が専門なのか”という質問を受けることも多々あるのだとか。
「文化史も研究対象ですが、美術はほとんど趣味の領域です」と笑う。
知的好奇心の原点は塩野七生にあり、中世イタリアを足がかりに研究の道に進み、現代の国際関係を宗教から丁寧に描き出す松本さん。グローバルな活躍を支える「知の現場」だった。