2016 12/22
私の好きな中公新書3冊

「現代の古典」を読む/奈良岡聰智

君塚直隆『物語イギリスの歴史(上) 古代ブリテン島からエリザベス1世まで』
     『物語 イギリスの歴史(下) 清教徒・名誉革命からエリザベス2世まで』
瀧井一博『伊藤博文 知の政治家』
秦郁彦『南京事件 増補版 「虐殺」の構造』

書店には新書が溢れ返っているが、中公新書は、そのような中で独自の輝きを放ち続けている。魅力のひとつは、時が経っても色褪せない「現代の古典」が数多く含まれ、今なお出版され続けているところにある。好きな作品は多数あるが、近年のものを3冊挙げる。

君塚直隆『物語イギリスの歴史(上)(下)』は、王権と議会の関係を軸に、イギリス史を通観したもの。近年歴史研究は細分化し、一貫した関心のもとで実証的な通史を書くのは難しくなってきているが、本書は見事にそれを達成している。多くの著作を発表してきた著者ならではの作品で、これまでの研究を現時点で集大成したものとして読むこともできる。

瀧井一博『伊藤博文』は、政治思想の観点から伊藤の生涯を描き切った評伝。理念なき政治家というイメージを持たれがちな伊藤であるが、実は骨太の政治構想があったことがよく分かる。とりわけ、従来あまり知られてこなかった晩年の憲法改革構想や韓国統治構想は、読み応えがある。著者の研究は国際的にも高い評価を得ており、本書は英語にも翻訳されている(Ito Hirobumi - Japan's First Prime Minister and Father of the Meiji Constitution, Routledge, 2014)。

秦郁彦『南京事件 増補版』は、日中戦争中に発生したいわゆる「南京大虐殺(南京アトロシティー)」について検討したもの。膨大な一次史料に基づいて実証的に虐殺の背景に迫っており、その堅牢な実証は他の追随を許さない。日本陸軍が戦闘目的、補給、軍規や国際感覚など多くの問題を抱えており、それらが虐殺につながったと指摘している。犠牲者の数については異論もあるが、いかなる立場に立つにせよ、本書を読むことなくしてこの事件について語ることはできない。

奈良岡聰智(ならおか・そうち)

1975年青森県生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程修了(政治学(日本政治外交史)専攻)。博士(法学)。京都大学大学院法学研究科助教授を経て、現在、京都大学大学院法学研究科教授。著書に『加藤高明と政党政治』(山川出版社、第36回吉田茂賞)、『「八月の砲声」を聞いた日本人』(千倉書房)、『対華二十一ヵ条要求とは何だったのか』(名古屋大学出版会、第37回サントリー学芸賞、第27回アジア・太平洋賞大賞)。