2016 10/21
著者に聞く

『ラテンアメリカ文学入門』/寺尾隆吉インタビュー

ラテンアメリカ文学の翻訳を精力的に手がけていることで知られる寺尾隆吉さん。その寺尾さんが、小説を中心にラテンアメリカ文学の100年に及ぶ歴史の流れを1冊にまとめた。多くの作家と作品はもとより、歴史的背景や政治と文学の関係、文学賞などをめぐる出版社の戦略にまで話が及ぶ『ラテンアメリカ文学入門』について、話をうかがった。

――ご執筆の理由を教えてください。

寺尾:日本語で読めるラテンアメリカ小説の通史がないことは前から気になっていました。その流れを追えるようなものを自分なりにまとめておきたいと、2~3年くらい前から思っていました。そこで渡りに船の依頼が来たのでお引き受けした次第です。

本屋で文学論のコーナーを覗いても、「アメリカ文学研究」や「ロシア文学研究」の棚はあったとしても、「ラテンアメリカ文学研究」というのはまずないんですよね。その空白を少しでも埋められればと考えました。

――100年にも及ぶ歴史を1冊にまとめてみて、新たにわかってきたことなどはありましたか。

寺尾:ラテンアメリカ文学ブームの裏側みたいものは、研究していくうちに見えてきましたね。作家たちの交流のあり方、出版社との関係などです。特に出版社とどのような関わりがあったかは、執筆活動に大きな影響があることなのに、あまり研究されていません。

2014年にコルタサルの生誕100周年を迎え、ガルシア・マルケスが亡くなったこともあって、ラテンアメリカの作家と編集者が交わした手紙などもいろいろと出てきました。それらを調べたり、知人を介して裏をとったりする作業は困難でしたが、やりがいもありました。

――そもそも、いつ頃からラテンアメリカ文学に関心を持たれたのでしょうか。

寺尾:大学に入って、たまたま第二外国語にスペイン語を選んだからです。それまでも文学は好きだったのですが、日本文学が中心で、ラテンアメリカの小説を読んだことはありませんでした。大学1年の時にバルガス・ジョサ『緑の家』の翻訳を読んで面白いと感じ、その後ガルシア・マルケスやフエンテスなどを読んでいきました。

それで、大学2年の後期くらいには、進む方向が決まってきましたね。最初の頃はスペイン語をそんなにやる気はなかったのに、1年で大きく変わったと思います。大学3年を終えてからメキシコへ行って、そこからはスペイン語文献中心の文学研究に入りました。

――今後のお仕事についても教えてください。

寺尾:100人くらいのラテンアメリカの作家の作品と人生を、コンパクトにまとめて本を出す予定です。それと、コルタサル論はどこかのタイミングで1冊にまとめたいですね。

翻訳は、カルペンティエールの『方法異説』が水声社からもうすぐ出ます。光文社古典新訳文庫でコルタサルの『動物寓話集』も遠からず出る予定です。それから、ウルグアイの鬼才マリオ・レブレーロの『場所』が2017年の早いうちに出ると思います。あと、本書で触れたガジェゴス『ドニャ・バルバラ』、バルガス・ジョサ『マイタの物語』、デル・パソ『帝国の動向』などの翻訳を準備しています。

――他方、ラテンアメリカ文学を多く日本語に翻訳なさる一方で、これまで安部公房や谷崎潤一郎など日本の小説をスペイン語に訳す仕事も多くなさっていますよね。

寺尾:そうですね。現在、スペイン語圏で日本の作家はよく読まれています。村上春樹が売れて、そこから興味を持った層が、さらに安部公房などを読もうという動きが出ているのだと思います。

私がスペイン語に訳したものでもっとも新しいのは谷崎潤一郎の『陰影礼讃』で、その一つ前に訳したのが安部公房『燃えつきた地図』です。これから出るものは、年内に大江健三郎の『美しいアナベル・リイ』、そして来年には「富美子の足」や「赤い屋根」ほかを収録した谷崎の短編集があります。

――最後に読者へのメッセージをいただけますか。

寺尾:やはり私たち批評家は脇役なので、本書をきっかけに、主役のガルシア・マルケスやバルガス・ジョサ、ドノソといった作家の作品に直接触れてほしいと思います。小説の読書が楽しくなるような、理解の助けとなるような情報を本書にはたくさん盛り込んだつもりです。まずは本書を気軽に読んでもらって、そこから個々の小説へと進んでほしいですね。

寺尾隆吉(てらお・りゅうきち)

1971年愛知県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。メキシコのコレヒオ・デ・メヒコ大学院大学、コロンビアのカロ・イ・クエルボ研究所とアンデス大学、ベネズエラのロス・アンデス大学メリダ校などで6年間にわたって文学研究に従事。フェリス女学院大学国際交流学部教授。専攻は現代ラテンアメリカ文学。著書に『フィクションと証言の間で』(松籟社)、『魔術的リアリズム』(水声社)がある。訳書にホセ・ドノソ『別荘』(現代企画室)、カルロス・フエンテス『ガラスの国境』(水声社)、バルガス・ジョサ『水を得た魚』(水声社)など多数。