2025 03/21
著者に聞く

『イノベーションの科学』/清水洋インタビュー

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経済成長の起爆剤として期待され、ニュース番組や新聞などでも盛んに取り上げられるイノベーション。将来への新しい希望として語られがちですが、「創造的破壊」とも言われるように、人々のスキルや生活の基盤を壊す側面もあります。『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』は、「人」の観点からイノベーションを検討し、創造の促進は元より、破壊の打撃を軽減する方策を考察しています。著者の清水洋さんにお話を伺いました。

――イノベーションといえば、経済を活性化するポジティブなイメージがあります。しかし本書は、イノベーションの負の側面、特に「人を破壊する」側面に注目して書かれています。なぜ負の側面に注目したのでしょうか。

清水:ある学生から、「誰もがイノベーションを促進しようとしていますけど、それって本当にみんなを幸せにするのですか?」と、質問を受けたことが本書を考え始めるきっかけとなりました。素朴な問いですが、大切なことだと思いました。

確かにイノベーションは、「創造的破壊」とも言われるように、古いモノゴトを、新しくより良いモノゴトに創造的に破壊します。つまりそこには、創造する人がいると同時に、破壊される人がいるのです。そして、創造の側面はいつも注目されますが、破壊される負の側面はあまり目が向いてこなかったように思います。

先ほどの学生の問いに、教科書的な答えをするならば、「イノベーションと幸せは、概念としては関係がありません」となるでしょう。けれども、それが自分のなかでしっくりきません。そこでこの問いへの答えを考え始めました。

イノベーションでも、ほかのモノゴトでも、良い面を見ることは大切ですが、これだけやっておけば万事OKではなく、副作用にも注意しなければなりません。資源が有限であれば、どこかにトレードオフがあるからです。イノベーションでも、そのトレードオフをきちんと整理したいと思いました。

本書が破壊の側面だけに注目しているわけではありません。破壊に注目するのは、そこに目を向けなければ、イノベーションを促進する際に抵抗が大きくなってしまうからです。

――イノベーションを生み出すのは至難の業で、日本でも長らく「イノベーションを起こせ」と発破がかけられてきました。国として、企業として、個人として、イノベーションを生み出すための心得はあるでしょうか。

清水:イノベーションは、「起こせ!」と発破をかけて起こるものではありません。むしろ、「起きてしまう」ものです。
 
そもそも、ヒト・モノ・カネといった経営資源は、制約をなくしていけば、自然とビジネスチャンスに流れていくものです。国や地域もやすやすと超えていきます。

もし、イノベーションが起きないのだとすれば、まずは、経営資源がビジネスチャンスに流れにくくなっている制約(流動性制約と言ったりします)を取り除いてあげることが重要です。そうすれば、企業も個人も、どんどん新しいチャレンジをするようになります。チャレンジしないほうが損になるからです。

――デジタル化が進み、ここ20、30年で仕事のあり方が大きく変わってきました。さらにAIが、これまで人が携わっていた仕事の多くを代行すると言われています。自分も出版の仕事を続けていられるのか、イノベーションに吞み込まれるのではないかと不安なのですが、時代の転換期を乗り越えるためのポイントはあるでしょうか。

清水:確かに、そうですよね。大学の教員ももしかしたら、かなりのタスクは必要なくなるかもしれません。今だって、学術的な体系を伝えるマスの授業はオンライン(オンディマンド)に置き換わっています。わざわざレクチャーを聞くのにみんなで同じ場所に同じ時間に集まる必要はないからです。もしかしたら、研究までもがAIによって代理で進めてしまうのかもしれません。

イノベーションに呑み込まれないためには、むしろ「自分のタスクを陳腐化させること」を考えるとよいと思います。つまり、これまで自分がやってきたことの生産性を圧倒的に上げるのです。アウトプットを少しだけ、1.2~1.5倍改善するのではなく、大幅に思いっきり10倍、20倍に向上できないでしょうか。こう考えると、新しいやり方を自然と探索するようになります。

自分がこれまでにやってきた仕事、タスクですから、どこに課題があるのかはよく知っているはずです。だからこそ、従来のやり方にこだわるのではなく、達成しようとしてきた課題に焦点を当てて、それの生産性を大きく向上させるのです。さらに言えば、タスクをこなすだけではなく、生産性を向上させる側に回ってほしいのです。

――本書のもう一つの特徴は、イノベーションの側面から人の「希望」と「幸せ」のあり方を検討していることです。

清水:イノベーションを起こすと、新しいモノゴトによって生活や状況が「もっと良くなるはず」と期待が寄せられます。だからこそ、人々、特にイノベーションを生み出そうとする人にとっては「希望」になります。

一方で、何に「幸せ」を感じるかは、人それぞれです。そして私たちは幸せを感じる時に、それが安定的に長く続いてくれることを願います。けれどもイノベーションは変革を伴いますから、この安定を壊す側面があります。本書はそれについても議論を深めました。

――イノベーションのためにも、リスク・シェアの仕組みが重要だと指摘しています。

清水:新規性の高いことへのチャレンジは、リスクがつきものです。もし、そのリスクが大きすぎれば、誰も新しいことに挑戦しなくなってしまうでしょう。

それもあって、イノベーションを起こす側のリスク・シェアの仕組みは、例えば、有限責任の株式会社制度、企業の多角化、政府による研究開発支援、スタートアップへの支援など、ずいぶんアップグレードされてきました。だからこそ、チャレンジも多くなされるようになってきました。

しかし、イノベーションによってスキルが破壊されるリスク・シェアは、アップグレードされていません。それどころか、むしろ自己責任として個人に押し付けられるのが昨今の風潮です。その結果、格差は拡大しています。

――破壊されるリスクを「自己責任」で片付けてはいけない、とおっしゃっています。

清水:はい。世の中はいま、イノベーションを生み出そうとして失敗することには寛容になっていますが、イノベーションによりスキルが破壊されることに対しては、それこそ「自己責任だ」と、不寛容になっているように感じています。

個人のスキル形成は、どうしても集中投資になりがちです。その結果、イノベーションによって破壊されることに脆弱です。

自己責任という考え方が浸透して、破壊されることのリスクを個人に押し付けるようになると、人は自分のスキルを破壊するようなイノベーションに抵抗します。そして、その抵抗が強くなると、イノベーションが社会に広がりません。

だからこそ、イノベーションを促進するためにも、リスク・シェアの仕組みをしっかりと発明していくことが大切だと思います。どのような仕組みが良いのかは、私たちはまだ明確な答えを持っていません。しかし、本書がリスク・シェアの仕組みを発明していくきっかけに、議論の土台になればと願っています。

清水洋(しみず・ひろし)

1973年神奈川県生まれ.1997年中央大学商学部卒業.1999年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了.2002年ノースウェスタン大学大学院歴史学研究科修士課程修了.2007年ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリティカルサイエンス(Ph.D).2008年一橋大学大学院イノベーション研究センター専任講師,准教授,教授を経て,2019年より早稲田大学商学学術院教授.著書『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション』(有斐閣,2016年,第59回日経・経済図書文化賞,第33回高宮賞受賞),『General Purpose Technology,Spin-Out, and Innovation』(Springer, 2019年,シュンペーター賞受賞),『野生化するイノベーション』(新潮社,2019年),『アントレプレナーシップ』(有斐閣,2022年『イノベーション』(有斐閣,2022年),『イノベーションの考え方』(日経文庫,2023年).