- 2025 02/25
- 著者に聞く

日本ではこれまであまり知られていなかった、英語の新しい考え方、それが「ELF=共通語としての英語」です。「使うための英語」と「学校や試験の英語」との違い、「ELF」と、「ネイティブの英語」の違いとはなんでしょうか。英語の新しい学習法を提案し、2024年12月の刊行以来、丸善丸の内本店などでロングセラーを続ける『使うための英語―ELF(世界の共通語)として学ぶ』。同書の著者・瀧野みゆきさんにお話を伺いました。
――この本のタイトルは、「使うための英語」ですが、今までの英語と、どう違うのですか?
瀧野:この本は、英語を「使いたい」人のための本です。
それぞれの人が「英語でやりたいこと」に合わせて、できるだけすぐ使いはじめる勉強法を紹介しています。
一言で言えば、英語を暗記するのではなく、英語を使う力を伸ばす勉強法です。
日本では、「英語をやろう」と考えると、学校で学んだ文法や語彙を覚え直したり、英語の試験の対策本で勉強しようとする人が多いですよね。私も日本で育ち、実際に英語が使われる現場をあまり見たことがなかったので、そう考えていた時期がありました。
でも、社会人になって仕事で英語を使いはじめたら、その勉強法ではうまくいきませんでした。大切なのは、英語の知識を貯め込むことではなく、シンプルなルールを活かしながらわかりやすく、誤解なく伝えること。英語を「知っている」だけではなく、「使う力」が求められたのです。
だからこそ、この本では「使うための英語」をテーマに、実際に役立つ勉強法を紹介しました。
英語を学ぶことがゴールではなく、英語を使って「やりたいこと」を実現する。それが「使うための英語」の考え方です。
この本が、英語を学ぶ多くの人にとって、新しい視点を提供できれば嬉しいです。
――「使うための英語」のサブタイトルは、「ELF(世界の共通語)として学ぶ」ですね。ELFとはなんですか?
瀧野:ELFとは、「世界の共通語としての英語」を意味する考え方です。「エルフ」と発音し、English as a Lingua Franca の頭文字を取った言葉で、社会言語学の専門用語です。
ラテン語由来の言葉なので聞き慣れないかもしれませんが、実はとても身近な概念です。学校の英語教育の目標としても「英語を世界の共通語として使おう」と掲げられているし、多くの人が当たり前に触れている考え方です。
現代社会では、英語は世界の人々をつなぐ共通語として日常的に使われています。たとえば、日本の観光地で英語を使ってビジネスをするとき、アジアやヨーロッパをはじめ、文字どおり世界中の人と対応することになり、アメリカやイギリスの人だけと話すわけじゃありませんよね。
日本のグローバル企業で働く人も同じです。英語を使う相手は、アメリカやイギリスの人だけに限らず、世界各地の多様な人々です。
さらに、これからの世界を想像すると、英語を使う相手はますます多様になり、アジアやアフリカなど、いろいろな国の人々とのコミュニケーションが増えていくでしょう。
そんな、「世界の人々と英語を使う」という現実を見つめ直し、「英語はどのように変化しているのか? 従来のネイティブ同士が使う英語とどう違うのか?」と研究するのが、ELFという社会言語学の分野です。
つまり、ELFとは、「実際に世界で使われている英語」と言うことができます。
――ELFは、アメリカやイギリスの英語と違うのですか?
瀧野:英語という言語そのものが違うわけでありません。
ただ、世界の多様な人と英語を使うので、重視する考え方や優先順位が異なります。ネイティブの英語を目指すのではなく、誰にでも伝わりやすく、誤解を生まない英語を目指そうということです。
ネイティブの英語は、基本的にネイティブの国で「同じ地域の仲間同士」が使う英語です。
たとえば、イギリスで話される英語は、イギリス人の生活に密着し、彼らのアイデンティティの一部でもあります。だから、イギリス各地の発音やイギリスの生活や文化に根差した英語表現が大事です。
また、ネイティブスピーカーは幼いころから、英語を毎日ずっと使い続けているから、複雑で正確な英語を流暢に、しかも無意識に使えます。英語を聴き取ることも容易です。そのため、ネイティブの英語を目指すと、「正確で、流暢で、複雑な英語」が理想とされます。
一方、ELFは世界のさまざまな母語を持つ人々をつなぐ共通語としての英語です。英語でコミュニケーションする相手の、母語も文化も異なり、英語の「種類」も「レベル」も人それぞれです。
よく知られているように、ある程度の年齢になってから英語を学ぶと、母語の影響が、発音や表現に現れます。また、英語を使ってきた経験も、英語を学んだ環境も、人によって異なります。
こうした多様な背景を持つ相手とコミュニケーションを取るには、相手の英語力を考え、誰にでも伝わる英語を使うことが大切なのです。
――つまり、ELFはやさしい英語で、下手でもいいということですか?
瀧野:そんな質問をよく受けますが、それは誤解です。
英語を共通語として考えると、「下手でも英語を使いはじめることができる」のは確かですが、使えばどんどん上達していきます。そして、どこまで英語を上達させるかは、自分が英語を使う目的や優先順位から判断して決めればよいのです。
私たちの多くは、英語の専門家になりたいわけではないですよね。仕事や趣味や家庭と、大切なことがたくさんある中で、英語に膨大な時間をかけられない人がほとんどです。だからこそ、限られた時間の中で、自分にとって必要なことを優先して、英語を学んで使っていけばいいのです。
ただし、ELFとして英語を使うノンネイティブが、全員下手だったり、やさしい英語しか使わないわけではりません。実際、ネイティブに匹敵する、あるいはそれ以上巧みに英語を使いこなす人も、世界に多くいます。
たとえば、英語を使って仕事をして、英語を使う経験を積み重ね、英語が毎日の重要なコミュニケーションのツールになった人たちです。
ビジネス界では、GoogleのCEOサンダー・ピチャイはインド出身、世界貿易機関(WTO)の事務局長ヌゴジ・オコンジョ=イウェアラはナイジェリア出身です。さらに、世界的なベストセラーを出版したフランスのトマ・ピケティ(『21世紀の資本』)や、スウェーデン出身のハンス・ロスリング(『ファクトフルネス』)も、母語と並行して英語で積極的に発言してきました。
彼らはみな、ネイティブかノンネイティブかを超越した高度な英語のコミュニケーション力を持っていますが、話す英語を聴くと、それぞれの母語の影響が表れています。
だから、ELFとして学ぶということは、「英語は難しい」と敬遠しなくていい、誰でも気軽に目的にあわせて使いはじめられることを意味します。
そして、英語を使い続けるうちに必要にあわせて上達し、ネイティブと一緒に活躍したり、世界のリーダーとして英語力を駆使することも可能です。どこまで英語力を伸ばすかは、それぞれの個人が決めることです。みんながネイティブのような英語を目指す必要はまったくありません。
また、日本人の中にもELFの達人がたくさんいます。つまり、日本育ちで英語を学び、日本語の影響を受けた英語を使いながら、世界を相手に英語で優れたコミュニケーションをし、活躍している人たちです。
――ELFとして英語を学ぶと、どのようなメリットがあるのですか?
瀧野:ELFは単なる学術用語ではなく、英語の学び方そのものを根本的に変える考え方です。
これまでの英語教育では、正しい文法や正確な発音、ネイティブスピーカーのような表現を目指すことが基本でした。しかし、ELFの視点では、それよりも「伝わる英語」「相手が理解しやすい英語」を重視します。
ELFの視点を取り入れることで、「ネイティブのように話さなければならない」というプレッシャーから解放され、今までよりも気軽に、自信を持って英語を使えるようになります。
また、「完璧な英語」を話すことにこだわるのではなく、「伝わる英語」を使うことを意識すると、それぞれの状況や目的に応じて、英語を柔軟に活用しやすくなります。
自分の目的に合わせて必要度の高い順に学べばいいので、限られた時間を効率的に使えます。これは、仕事や留学で英語を使う人には大きなメリットです。
英語を「使う言語」として捉え直し、ELFとして学ぶことは、これからの時代に必要な英語を使うための、新しいアプローチなのです。
――本書をどんな人に読んでほしいと思って執筆しましたか。また、そのためにどんな点に苦心しましたか?
瀧野:英語を「使いたい」と思っているすべての人に読んでほしいです。
特に、英語を学んできたのに自信が持てない人や、どうやって英語を使いはじめたらいいかわからない人にとって、役立つ本になると思います。
また、「英語が難しい」とか、「好きでない」「嫌々がんばらなくてはいけないもの」、と感じている人にも、この本でELFを知って、その考え方を変えてもらえたら嬉しいです。
ELFの考え方を、わかりやすく伝えたいと思ったので、書き方に苦心しました。わかりやすい例や比喩を入れて、読者が具体的なイメージを持ってくださるようにと考えました。
どのような習い事や勉強でも、実際にやってみないとわかりづらいことが多くありますよね。大学の教室のように、一緒に英語を使いながらELFを理解してもらえるといいのにと思うこともたびたびでした。その不足を少しでも補うために、本書では、誰でもすぐに見られる英語の動画やサイトを紹介し、QRコードも掲載しました。
本書で説明した方法を気軽に試していただけることを願っています。
――瀧野さんはどうしてELFに出会い、それを専門にしようとしたのですか?
瀧野:私は典型的な日本育ちの、日本で英語を学んだ英語ユーザーです。
学校の英語はつまらなく感じていましたが、海外に行ってみたいという気持ちは強くありました。
思い切って会社を辞め、社会人3年目に中国に留学しました。最初は中国語をやるつもりだったのですが、中国でアメリカ系の会社に就職して、それ以来ずっと英語を使っています。
北京のアメリカ企業では、私は唯一の日本人だったので、仕事のすべてが英語でした。最初は、必要な英語がうまく使えずに落ち込みました。でも苦労しながら2年働いたら、なんだか、英語でやっていけそう、世界中の人と英語で仕事するのは楽しいなぁ、と思うようになっていました。
それからアメリカの大学院を経て、アメリカ企業とイギリスでの生活と、英語を使い続けてくると、英語の学びは終わりのない長い道のりで、言葉は奥が深いものだとも実感しました。
すると、この「深淵で広大な」英語を、ネイティブのように使えないとダメだと考えたら、ほとんどのノンネイティブはいつまでたっても足りないことが多すぎて、自信を持って英語を使えないな、とも思いました。
一方で、英語を使って活躍をしているさまざまな国のノンネイティブにたくさん出会い、彼らの自信を持った巧みな英語の使い方に感心しました。彼らは、英語に足りない部分があっても、優れた英語のコミュニケーターであり、英語を使って何かを成し遂げています。
つまり、英語が使われる現実と英語教育の考え方には、大きなギャップがあると思い続けてきました。
そんなことを考えていたころ、子どもの手が離れ、もう一度大学で学びたいと考えました。イギリスの大学の修士課程から博士課程に進み、そこで社会言語学の専門領域である「ELF」の考え方に出会いました。「こんな現実に即した英語の学び方こそ、日本人が英語力を伸ばすときに、背中をドンと推してくれる」――そう思いました。
そこで、ELFの考え方を使い、「英語が使われる現実」を調査し、「英語教育の考え方」とのギャップがなぜおきるか、埋める方法はないかを、日本人の視点から研究しはじめ、今に至ります。
この本では、その長年の研究と大学で教えてきた経験をもとに、ELFの考え方や、ELFとして英語を使うための学び方を紹介したのです。
――ELFが知られることで、日本社会と英語の付き合いがどう変わってほしいですか?
瀧野:世界的に見て、日本人の英語学習への熱心さは非常に高く、英語のために使っている時間や資金も多いです。
それなのに、ひとたび英語を使う世界に入って見まわすと、日本人で積極的に意見を言ったり、リーダーとしてグループをまとめたりする人は、充分に多くない印象です。
先ほど述べた、「英語が使われる現実」と「英語教育の考え方」のギャップを埋め、英語の学びの目標設定や勉強法を、ELFとして実際に使うときのニーズを合致させることが必要です。もし、今の熱心さをその方向で活かせば、多くの日本人がもっと世界で自分がやりたいことを実現できると信じています。
さらに、ELFの研究を活かし、ELFの発想で大学で英語を教えてきて、この考えはさらに強まりました。英語に苦手意識を持っている学生と、ELFの考え方で英語を使う練習をすると、目に見えて英語を使う力が伸びてきます。多くの日本人は、「英語の知識が足りない」より、「その知識を使う練習が足りていない」ことが課題だと、はっきりわかりました。
――最後に読者、特に若い人に対して、「これだけは言っておきたい」というものがありましたらお願いします。
瀧野:英語を世界で使うことは、グローバル社会の変化と深く結びついています。
たとえば、かつてビジネスで英語を使う相手は、アメリカなどの先進国が主役でしたが、今は違います。アジア各国では、英語がビジネスの共通語として広く使われ、小学校から英語教育を始める国も増えました。これから10年後には、アジアにおける英語の使われ方は大きく変わるでしょう。
同じような変化が、世界各地でおきています。世界が多極化するなかで、英語も多様性が増すでしょう。つまり、ますます英語をELFとして学び使うことが重要になります。
もうひとつ、英語の使われ方はテクノロジー進化によって大きく変わっています。
特に、ここ2年ぐらいのAIの発展は、英語の学び方や使い方を、驚くほど変えています。本書でも、今後の変化を予測できないと断った上で、テクノロジーと英語についての、私の使い方や考え方をまとめました。しかし、この変化はさらに加速し、私自身も日々、その変化に驚いています。
このような社会の変化の中で、英語を学ぶとき、「自分はなぜ英語を学ぶか」「どう英語を使いたいか」を丁寧に考えることが、これまで以上に重要になります。
今まで当たり前だった英語の学び方をそのまま踏襲するのではなく、自分の目的や関心、得意・不得意に合わせて、英語を学び使うことが大切です。
読者の方が、日本の枠を超えて世界に向けて、自分の考えや想いをかなえることを願っています。
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noteには瀧野さんの「英語嫌いから始めて、ELFに出会って、英語研究者になった自己紹介」が掲載されています。あわせて、どうぞ。
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