2024 02/29
著者に聞く

『生き物の「居場所」はどう決まるか』/大崎直太インタビュー

熱帯林特有の大きな板根の前で(西ケニア・ビクトリア湖近くのカカメガの森)

世界は広いけれども、それぞれの生き物が生きることができるのは、ほんの小さな場所です。「なぜ生き物はそこに棲んでいるのか」を巡るエキサイティングな新書『生き物の「居場所」はどう決まるか』を刊行した大崎直太さんにお話を伺いました。

――本書は「生き物の“居場所”すなわちニッチが、どういう理由によって決まっているか」が大きなテーマです。わたしたちは、「タンポポは野原に、アユは川に……」というように、動物や植物は昔からずっと同じところに棲んでいると思いがちですが、そうではないのですね。

大崎:動植物の棲む地球上で、永遠に同じ状態という場所はあり得ません。
生物環境においても、外来種のように新たに加わる種もいれば、そのあおりで絶滅する種もいます。人類の活動や自然の営力によって程度の差はありますが、自然環境は破壊され、変質し続けています。必然的に生き物の「居場所」も変化しており、生き物は常に、より生存確率の高い「天敵不在空間」を選び直しています。

――ニッチを決める要因がなにかについて、これまでさまざまな説が出されてきましたが、本書で先生が提唱したことはどういう点で斬新なのでしょうか。

大崎:斬新なことは何もないと思います。しいて言えば、学問の進歩につれて学説も変わりますが、その変化を比較的早く取り入れている、ということでしょうか。多くの専門家の方々が、どの時代の学説に、どの程度こだわっているのか、私には良く分かりません。「天敵不在空間」ニッチ説に対しても、当然異論がある専門家もいると思います。しかし、私はこの説に納得しました。

――「天敵不在空間」に加えて、本書ではもうひとつ「繁殖干渉」もテーマです。「繁殖干渉」とはどういうもので、それはニッチにどう影響しているのでしょうか。

大崎:「繁殖干渉」は、近縁種間に起こる誤認繁殖行動で、オスが他種のメスに間違って繁殖行動を示すことで、他種のメスに不妊卵や産卵時間の短縮などの繁殖上の不利益を与えることです。
「繁殖干渉」には双方の種のオスが他種のメスに不利益を与える、対称性のある「繁殖干渉」と、一方の種のみが他種のメスに一方的に不利益を与える、非対称性のある「繁殖干渉」があります。前者はその場で個体数の多い種が勝ち残り、後者は「繁殖干渉」を仕掛ける種が一方的に勝ち残ります。
従来分かっていたのは、交尾後に起こる、交尾器の破壊とか不妊などの「繁殖干渉」でした。本書が新たに示したのは、交尾前の求愛行動の段階でも繁殖干渉が起こっており、しつこいオスの求愛行動により他種のメスの産卵時間が短縮され、それを避ける他種のメスが、ニッチの変更を強いられることを示したことです。
「繁殖干渉」は、ニッチを巡る直接的な競争ではありませんが、ニッチの周辺で起こる行動なので、結果的に勝者の種がそのニッチを占め、敗者の種はその場を離れて別のニッチに移るか、絶滅してしまいます。

――「天敵不在空間」「繁殖干渉」この2つから見えてくる新たな視点はなんでしょうか。

大崎:この2つの考え方以前には、近縁2種のニッチを巡る種間競争は、両種の個体数がニッチの許容量を超えた場合の高密度で起こると考えられていました。そのような種間競争はシャーレ内の室内実験や数理モデルで鮮やかに再現されていました。
しかし、実際の自然界で生物がそのような高密度になり、競争が起こっているのかが次第に疑問視されるようになりました。
たとえば、モンシロチョウのようなチョウも近縁種間では異なる植物に産卵します。それが高密度で起こった種間競争の結果と言われても、チョウどうしでどのような競争があるのか釈然としませんでした。しかし、ニッチは各種が独自に獲得した「天敵不在空間」であるとしたなら、この「産み分け」は納得のいくものでした。

さらに、「繁殖干渉」という、なかなか視覚に入らない低密度で起こる競争があって、それが「天敵不在空間」というニッチを巡って起こっていることだと知りました。その結果、従来の、ニッチを巡る種間競争は高密度で起こるとして説明した競争排除則が、低密度でも同じように起こっていることが分かりました。

皆さんの周囲にはたくさんの緑があると思います。しかし、その緑を利用している昆虫は思いのほか少なく、なかには絶滅危惧種と呼ばれている種もいます。その要因は良く分からなかったのですが、そのような種が、繁殖干渉という種間競争に敗れた結果である可能性があるとなると、なるほどと思えてきます。

――ところで、本書執筆にあたって工夫された点、あるいは苦労された点がありましたらお教えください。

大崎:妻に頼んで研究者の肖像画をたくさん入れました。そうすれば、研究者の名が単なる記号ではなく、実在する人間なのだという実感が強くなると思ったのです。
結果的に雰囲気も柔らかくなったと思います。

――そもそも先生はなぜニッチについて研究しようと思ったのですか。また昆虫を研究しようと思ったのはどうしてでしょうか。研究にあたってのご苦労や思い出がありましたらお教えください。

大崎:子供の頃、勉強そっちのけで虫捕りに興じ、主にチョウを採集していました。最初は闇雲に採集していたのですが、次第に、チョウは種により産卵する植物が異なり、目的とするチョウを捕らえるためには、チョウが利用している植物の生えている場所に行く必要があることを知りました。しかし、その植物が生えているにもかかわらず、必ずしも目的とするチョウがいるわけでもなく、普通に捕れる種と、非常に珍しい種がいるのを不思議に思うようになりました。

大学は将来を真面目に考えて入ったわけでもなく、昆虫学という学問がこの世に存在すると知っていたわけでもないのですが、偶然に、入った学科に昆虫学という学問があることを知り、教養課程時代から昆虫学研究室に入りびたりました。
チョウを研究対象に決めたのは大学院入学後で、当時、大阪市立自然史博物館の日浦勇先生が書かれた『海を渡るチョウ』という本に、モンシロチョウ属の各チョウは異なる植物を利用しているとありました。それを「棲み分け」ならぬ「産み分け」と表現してありましたが、「産み分け」の要因には一切触れてなかったので、その要因を明らかにしたいと思いました。それが、ニッチ研究の出発点です。

チョウを研究材料に決めた動機は、指導教員に好きな虫があるか、と問われ、チョウが好きだと言うと、じゃあチョウを材料にしたらよい、「好きこそ物の上手なれ」だ、と言われたからです。
しかし、先生の部屋を出ていくときに、背後から「下手の横好き」という譬えもあるな、と言われました。

――今後のご関心についてお教えください。

大崎:2006年までは同一種とされていた、北海道のエゾスジグロシロチョウとヤマトスジグロシロチョウを用いて、「種とは何か」をもっと突き詰めて考えてみたいです。
自然状態に近い環境で交配実験を繰り返し、ゲノムレベルでの違いを、北海道各地の個体群を用いて比較して、自分なりに納得のできる結論を出したいです。

――最後に読者に、これだけは伝えたいというものがありましたらお願いします。

大崎:本書を読んで頂いたら分かりますが、生態学の歴史に名を遺した偉大な研究者も、必ずしも初めから研究者を目指していたわけでもなく、紆余曲折した人生を歩んでいます。
しかし、諦めることなく自分の興味ある世界を探し続け、最後的に自分の居場所、ニッチを探し当てています。私はこのことに感銘を受けました。

大崎直太(おおさき・なおた)

1947年,千葉県館山市生まれ.鹿児島大学農学部卒業,名古屋大学大学院農学研究科博士課程後期課程中退.京都大学農学部助手,米国デューク大学動物学部客員助教授,京都大学大学院農学研究科講師,准教授,国際昆虫生理学生態学研究センター(ICIPE,ケニア)研究員,山形大学学術研究院教授を歴任.農学博士.専門・昆虫生態学.
著書『擬態の進化―― ダーウィンも誤解した150年の謎を解く』(海游舎,2009),『蝶の自然史――行動と生態の進化学』(編著,北海道大学図書刊行会,2000),『アフリカ昆虫学への招待』(分担執筆,京都大学学術出版会,2007),『ボルネオの生きものたち――熱帯林にその生活を追って』(分担執筆,東京化学同人,1991)他.訳書『地理生態学――種の分布にみられるパターン』(ロバート・H・マッカーサー著,監訳,蒼樹書房,1982).