2023 09/21
著者に聞く

『モンスーンの世界』/安成哲三インタビュー

ヒマラヤでの氷河調査(2018年)(写真・山口靖)

四季に恵まれた日本。春一番も梅雨も台風も大雪も、すべて季節風にかかわっています。この季節風がモンスーンです。モンスーンによって日本をはじめとするアジアの文明がどんな影響を受けたか、そして逆に人間活動によってモンスーン地域をはじめとする地球の気候システムがどんな影響を受けているかを、文理にわたって解説したのが『モンスーンの世界 日本、アジア、地球の風土の未来可能性』です。本書著者の安成哲三さんにお話を伺いました。

――まず、本書の特徴をお教えください

安成:私は50年以上にわたってモンスーン(特にアジアモンスーン)という現象に関心を持ち続け、研究対象にしてきました。
このモンスーンによって、地球あるいは(人間を含む)世界がどうつながっているのか、自然科学的側面だけでなく、人文社会科学的な視点も含めて、私なりの『モンスーン観』を示したかったのです。モンスーンという気象気候現象は、大気・大陸・海洋・生命圏が相互に影響しつつ、つながって成立しており、そのことが地球の自然と人間の営みにも密接に組み込まれているのです。

いっぽうで、地球の気候・気象研究は、対象が非常に複雑で多様なために、分野ごと、地域ごと、プロセスごとの縦割りが進みすぎています。モンスーンは、地球表層の様々なプロセスが複雑にからんで引き起こされ、変動しています。
しかし、そのような視点にもとづいて書かれた本は、教科書ではなく、一般の人たちにも理解できる本としてはないことに気が付きました。特に、モンスーンは人と自然のつながりでつくられた風土で、日本を含む地球の人口の半数以上に影響しています。
その重要性をわかりやすく書きたかったのです。

――本書執筆にあたって、特に工夫された点、あるいは苦労された点はなんですか。

安成:理系的な内容と文系的な内容を、一般の方々を含む広い読者層にどうわかりやすく書くべきか、の一言につきます。
そのため、身近にいる「一般読者層」の立場の方にも原稿を読んでいただき、率直なコメントなどをいただいて、文章を改訂していきました。

――筑波在住時の「空っ風」の経験等、安成先生の実体験にもとづく気候の説明が印象的でした。日本にいると当たり前すぎてかえってわかりづらいのですが、私たちが受けているモンスーンの恩恵あるいは特徴としては、どんなものがありますか。

安成:まず食べ物です。寒暖と乾湿の気候が1年の中で明確に季節変化することが、私たちの食文化を豊かにしています。私たちの主食となっているお米のご飯はその典型です。
さらに、多様な季節変化がからみつつ、南北に長いという地理的条件と、複雑な山岳地形と海岸地形がからんだ日本列島の自然は、多様な植物と食物の多様性をはぐくんできました。
それなのに、食料自給率が30%程度しかないという日本の現状は、モンスーン気候の恵みを生かしていない愚策の結果であり、早急に改めるべきです。

――このモンスーンの恩恵、あるいはモンスーンと人間との関係は、今後どうなっていくでしょうか。

安成:このことも本文で触れましたが、「地球温暖化」はモンスーンを複雑に変えていくでしょう。温暖化(気候変化・変動)の程度によっては、かなり厳しい状況になるかもしれません。
ただ、温暖化を引き起こしている国々が集中しているのも、実はモンスーンアジアです。長い目で見た時には、モンスーンという気候資源を最大限活用して、温室効果ガス削減と再生エネルギーの最大化を達成するこそが、日本を含むアジアモンスーン地域(モンスーンアジア)の未来可能性(持続可能な未来)の達成につながります。

――今後どんなことをしたいとお考えですか。

安成:やはり、人と自然の関係について考察を深めていきたいと思っています。
かつて、中公新書で、湯川秀樹・梅棹忠夫共著(対談集)『人間にとって科学とは何か』があり、学生の時に読んで非常に感銘を受けました。
「人新世」と言われはじめた現在の地球と人間の関係について、新たな視点でまとめてみたいと思っています。タイトルは『人間にとって地球とは何か――地球にとって人間とは何か』としたいです。

――最後に読者に対して、メッセージがありましたらお願いします。

安成:私たちの生が依拠する地球は、only one であり、それぞれの人生もonly oneであるということを肝に銘じて、それぞれの人生を考えてほしい、ということです。

安成哲三(やすなり・てつぞう)

1947年,山口県生まれ.京都大学理学部卒業,同大学大学院理学研究科博士課程修了.理学博士.京都大学東南アジア研究センター助手,筑波大学地球科学系教授,名古屋大学地球水循環研究センター教授,地球フロンティア研究システム(海洋研究開発機構)領域長(兼任),総合地球環境学研究所所長等を経て,現在,京都気候変動適応センター長,総合地球環境学研究所顧問.筑波大学・名古屋大学・総合地球環境学研究所各名誉教授.専攻,気象学・気候学・地球環境学.
著書『地球気候学』(東京大学出版会,2018),『水の環境学――人との関わりから考える』(共著,名古屋大学出版会,2011),『現代地球科学』(共著,放送大学教育振興会,2011),『新しい地球学――太陽―地球―生命圏相互作用系の変動学』(共著,名古屋大学出版会,2008),『気候変動論』(共著,岩波書店,1996),『ヒマラヤの気候と氷河』(共著,東京堂出版,1983)など.