2023 09/12
著者に聞く

『都会の鳥の生態学』/唐沢孝一インタビュー

鳥が一羽もいない都市を想像できるでしょうか。
通勤・通学の途中で、ちょっと足をとめて下さい。耳を澄ませ、上を見上げて下さい。そこにはよく知った鳥が、あるいはなんだか見慣れない鳥がいるはずです。鳥たちは都会でどうやって生きているのでしょうか。
『都会の鳥の生態学』著者の唐沢孝一さんに、港区にある国立科学博物館附属自然教育園を案内していただきながら、鳥の生態や鳥と人間との関わりなどを解説していただきました。

(取材日・2023年7月6日)

入口から続く小路。日光が差し込む路傍植物園

自然教育園に一歩足を踏み入れると、そこは鬱蒼とした森の中です。緑が多く、空気がひんやりとして、都心にいることをすっかり忘れさせてくれます。
自然教育園の森は数百年の年月をへて形成された自然林です。人の影響を受けず、都会とは無縁のように見えます。ところが、実は、自然観察のために巧みに管理されていたり、都市環境の影響を強く受けたりしています。
その一例が、入口から入ったところの路傍植物園です。観察路に沿って光が差し込むように大木の枝を払っているので、ムサシアブミやウバユリ、アザミなど、四季折々の野草を観察できます。

「これがヤツデ、その奥のアオキも鳥が種子を持ち込みました」

そしてもう一つ。森の林床に密生しているアオキです。アオキは耐陰性の低木で、日陰でも生きられます。秋には真っ赤な果実をつけます。実はこのアオキ、もともとは、ヒヨドリやツグミが市街地から種子を運んできたものです。野鳥が果実を食べ、未消化の種子を糞として園内に散布して芽生えました。
同じように、ヤツデやシュロなども、民家の庭や公園などから野鳥が持ち込んだものです。

鳥にとって果実は大事な食物であり、果実は鳥に食べられることによって種子が散布され、種子が芽生えて生長すれば、やがては果実を鳥に提供できます。鳥と植物の深いかかわりあいが見えてきます。
鳥は食用の樹木を植林しているようなものです。このヤツデは、もう10年は経っているでしょう。

あの大きな木はウワミズザクラです。赤い実がいっぱいなっています。
実をヒヨドリやムクドリ、オナガなどが食べますが、いま、ハシブトガラスが食べていますね。カラスも実を食べ、糞をして種子を散布しています。ところが、それだけではありません。実を喉袋につめこんで、秘密の場所に隠して「貯食」します。後で、掘り起こして食べるのですが、そのまま忘れて放置されると発芽します。
カラスの寿命は10~20年と長いので、歳をとるほど経験値が高くなります。いちど美味しい果実を食べると、「いまごろあそこに行くと実が食べられる」と記憶し、翌年以降も食べに来ます。人間で言えば「あそこの横丁にうまいラーメン屋がある」というような感じです。

「ハシブトガラスが何かをついばんでいます……」
ウワミズザクラの赤い実をついばむハシブトガラス

本書にも書きましたが、東京のカラスはずいぶん減りました。
一番減ったのが、ここ自然教育園をねぐらとするカラスで、ピークの2000年頃は5000羽を数えたのですが、2021年冬にはわずか25羽まで激減しました。激減の原因は、カラス対策としての生ゴミのネットかけ、ゴミの減量やリサイクル、そして、後で話題になる天敵であるオオタカの繁殖などがあげられます。

そこの枝にいるのはメジロですね。動きが速いので観察しにくいですが、ハゼノキの実を食べています。
野鳥は花や昆虫とちがって、手にとって観察するわけにはいきません。見つけることが難しく、声だけのこともあります。すぐに飛んでしまい、見えるのは一瞬です。また、鳥が上空を飛んでいるときは、見上げると空は明るく逆光になり、黒いシルエットに見えます。これでは、どんな鳥なのか分かりにくいです。
観察を重ねるうちに、少しずつ観察のコツが分かってきますが、初心者へのおすすめは、鳥の観察会(探鳥会)に参加することです。各地でいろいろな団体が探鳥会を実施しています。それに参加して、ベテランの方に観察のコツを教えてもらうのが、早道です。
また、有名な観察地では、大きな望遠レンズのついたカメラを構えて、じっと撮影チャンスを狙っている人たちもいます。お邪魔にならないように、そっと、どんな鳥が見られるかを聞いてみるのもよいでしょう。

ほら、ひょうたん池のほとりでカメラを構えている女性がいますね。

ひょうたん池の枝にとまるカワセミ

――すみません、なにを撮っているのですか?
――(女性) カワセミですよ。斜めに枝がのびたところにいるでしょう。
――よく見つかりましたね。いつもここに止まっているのですか。
――(女性) そうですね。だいたいお気に入りの場所があるみたい。あと、向こうの「水鳥の沼」にも来ているみたいですよ。
――ありがとうございます。


自然教育園の矢野亮先生(現在は名誉研究員)は、園内のカワセミの子育ての様子をビデオに撮って研究されました。
驚いたのは、親鳥が金魚をヒナに与える映像です。園内の池には金魚はいないはず……。実は、以前は六本木に金魚問屋があって、そこから金魚を失敬していたようなのです。カワセミの子育ても、東京のビル街と関わっていたことが分かります。


水生植物園まで下ってきました。
あそこにいるのは在来種のスッポンですね。ここの池は、以前はウシガエル(食用ガエル)やアメリカザリガニなどの外来種がたくさん棲んでいました。
私もアメリカザリガニを丸呑みするカルガモの写真を撮ったことがあります。カルガモは草食と思われていますが、動物も食べるのです。そのときの写真は本書でも紹介しました。
ただ、その後「かいぼり」が行われたことで、外来種は減りました。カルガモやカワセミは、環境の変化にそのつどうまく適応しながら生きのびています。

この自然教育園では、2017年からオオタカが営巣しています。
最初の年は人通りの多い園路の近く、アカマツの大木に巣を作りました。森の中でも一際高い木です。その年は失敗しましたが、翌年に初めて繁殖に成功。2019年からは森の奥のスダジイの大木に移りました。そのため、いまでは入園者が直接、巣を見ることは出来ません。が、子育て中の様子を、リモートにより生中継で見られます。

「子育て中のオオタカの生態をリアルに展示しています」

今年は4羽が巣立ったようですね。ヒナが生まれても、無事に巣立つのは大変です。以前公開されたビデオ映像には、夜間にアオダイショウが巣に接近し、親鳥が追い払うシーンが記録されています。

本書でもオオタカとカラスの関係に注目しました。本来は自然豊かなところで暮らしていたオオタカが、都心でハシブトガラスを捕食したり、ここ自然教育園では、ドバトやムクドリ、スズメなどの都会の鳥を捕らえたりして子育てをしています。


自然教育園の面積は約20ヘクタールありますが、オオタカが子育てするには広いとは言えません。オオタカはこの園内だけで餌をとっているのではなく、ここを拠点にしてまわりの市街地に出かけ、あちこちで狩りをしています。
これは、大海原に浮かぶ島で繁殖している海鳥が、周囲の海で餌をとるのに似ています。都市環境を海にたとえると、自然教育園のような緑地は、海に浮かぶ緑の島であり、これを「緑島」と呼んでいます。皇居や明治神宮、新宿御苑、上野の森もまた「緑島」です。東京は、大小様々な緑島が点在しているのが最大の特徴です。都会の鳥たちは、その緑島をねぐらや子育て、休憩や避難場所としてうまく利用しています。

自然教育園付近の空中写真。分散する大小の緑地は緑の島のようだ(2019年、国土地理院)

この緑島だけを見ると自然のままのようですが、周辺のビル街に呑み込まれています。群馬や長野の大自然とはちがい、都市の影響を強く受けています。野鳥がアオキやヤツデを周囲から持ち込んだように、都市に特有な「都市林」を形成しています。その一方で、都会の緑島は、自然教育の場であると同時に、都市の気温を下げ、空気を清浄化し、都会人の心身の健康にも貢献しています。
「都市とはなにか」という問いかけをしたときに、コンクリートのビルだけでなく、緑島も都市における重要な役割を担っています。
ここの緑島がなければオオタカはもちろん営巣しなかったでしょう。それだけでなく、カラスのねぐらもない、東京の鳥たちの世界は全く別のものになっていたはずです。
これらの緑島と市街地とはまさに裏表一体、もちつもたれつの関係です。どちらが欠けても、現在の都会の鳥たちの生活は成り立ちません。そして、実は、都会で生きる私たち人間にとっても同じことであり、「都会人こそ都市の自然を必要としている」と言ってもいいでしょう。

 
取材協力 国立科学博物館附属自然教育園
108-0071 東京都港区白金台5丁目21−5
https://ins.kahaku.go.jp/

唐沢孝一(からさわ・こういち)

1943年群馬県生.1966年,東京教育大学理学部卒業.都立高校の生物教師のかたわら,都市鳥研究会代表,日本鳥学会評議員・幹事等を歴任.現在,NPO法人自然観察大学学長.野鳥をはじめ昆虫や植物の生態を研究するほか,自然観察会を主宰し講師をつとめる.
著書『カラスはどれほど賢いか』(中公新書,1988),『スズメのお宿は街のなか』(中公新書,1989),『江戸東京の自然を歩く』(中央公論新社,1999),『よみがえった黒こげのイチョウ』(大日本図書,2001),『唐沢流 自然観察の愉しみ方』(地人書館,2014),『カラー版 目からウロコの自然観察』(中公新書,2018),『カラー版 身近な鳥のすごい食生活』(イースト新書Q,2020)など.