2022 11/10
中公新書の60年

古今東西を多角的に学ぶ/君塚直隆【ここから始める中公新書 世界史編】

中公新書には、各国の歴史を描いた『物語』シリーズや、古今東西の偉人らを採り上げた優れた評伝など、あまたの傑作がひしめいている。今回は、東洋史、西洋史、キリスト教、イスラームといった広い範囲で「ここから始める」べき世界史の作品を紹介させていただく。

① 宮崎市定『科挙』(1963年)

中公新書初期の傑作で、現在までに60版以上を重ねるロングセラー。東洋史学の碩学が、6世紀末(隋代)から紆余曲折を経て20世紀初頭(清末)まで1300年にわたり続いた、集権的な官僚国家の土台というべきこの特異な試験制度について語ってくれる。文章も洒脱で、興味深いエピソードが満載。中国史や広く東洋史を知りたい読者には「ここから始める」最適の一冊となってくれる。

② 高階秀爾『フィレンツェ』(1966年)

こちらも中公新書が誇るロングセラーの一冊。中世までは中東やアジア世界に比べても「遅れていた」ヨーロッパが、15世紀初頭から文明を開化させる。その原動力となったのが、実力主義と市民参加の二つの力に支えられたフィレンツェという街が生み出した「ルネサンス」であった。本書では美術を中心とした芸術史だけではなく、政治や経済、社会、文化にまで描写が及び、その後に世界を席巻する「ヨーロッパ」を知るうえでも重要な書である。

③ 武田尚子『チョコレートの世界史』(2010年)

世界中の誰もが好きなチョコレート。その始まりは紀元前の中米にあった。スペインによる中米植民地化で高級飲料としてのカカオがヨーロッパに入り、砂糖の生産拡大に伴い、王侯らの飲み物として定着した。やがて庶民の手に届く飲料として普及し、19世紀半ばには固形チョコも発明され、その後の改良でいまや世界中に広がる。健康志向や生産上のフェアトレードの問題なども交えながら、文字通りの「世界史」を教えてくれる一冊。

④ 長谷川修一『聖書考古学』(2013年)

中世以降のヨーロッパの精神的な基盤となったキリスト教を、考古学的な知見からわかりやすく読み解いた好著。アブラハム、モーセ、ダビデ、そしてイエスなど、旧約・新約聖書に登場する人物たちの真の姿に迫ると同時に、考古学として、さらには歴史としてのキリスト教を教えてくれる。中東に限定された物語だけではなく、いま現在のヨーロッパ文明の源流と伝統も同時に学ぶことができる。

⑤ 小笠原弘幸『オスマン帝国』(2018年)

13世紀末から20世紀初頭に至る600年にわたり、アジア世界からアフリカ大陸北部、そしてヨーロッパにまたがり巨大な文明を築いた帝国の物語。歴代帝王に関する興味深いエピソードを交えつつ、アジアとヨーロッパの橋渡し役ともなったこの帝国が、過去から現代に至るまでに残した様々な影響や足跡も丹念に辿ってくれている。東洋と西洋の双方の視点で多角的に学ぶのに最適な一冊である。

君塚直隆(きみづか・なおたか)

1967年生まれ。立教大学文学部卒業。英オックスフォード大学留学。上智大学大学院博士後期課程修了。博士(史学)。『立憲君主制の現在』(サントリー学芸賞受賞)、『ヴィクトリア女王』『エリザベス女王』『物語 イギリスの歴史(上・下)』(中公新書)など著書多数。