2022 08/12
私の好きな中公新書3冊

私の「礎」/佐藤彰宣

竹内洋『教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化』
佐藤卓己『言論統制 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』
江下雅之『ネットワーク社会の深層構造 「薄口」の人間関係へ』

中公新書といえば重厚なテーマを扱い、読みごたえのある魅力的な作品が多く浮かぶ。「好きな3冊」といわれても、とても3冊には収まりそうもないので、今回は「好き」を超えて、今の自分自身を形作る「礎」となった3冊を挙げてみたい。

大げさではなく、この本と出合っていなければこの道に進んでいなかったかもしれないと思うほど影響を受けたのが、『教養主義の没落』である。「教養とは何か」という教養の中身を論じる本は数多くあるが、それに対して本書は教養を信奉しようとする人々の態度そのものに注目する。この社会学的な視点に魅了された。学生だった当時、岩波文庫を買ってきては、だいたい数ページで挫折してしまうにもかかわらず、本棚に並べて悦に入っていた(偉くなったような気分になっていた)自分の行動原理が説明されているような気がしたのである。

本書で扱われている教養主義とは、古典の読書を通じた人格陶冶の規範を指すが、それに付随する「知的であろう」とするふるまいやしぐさ、態度は、これまでの自分自身の研究における問題関心の核となってきた。教養主義との関わりで戦争体験を論じた福間良明『戦争体験の戦後史』から、教養主義が社会的事象とどのように絡まり合っているのかを学んだことも大きい。

歴史家としての仕事の魅力を教えられたのが『言論統制』である。この本への思い入れが強すぎて別の機会でもその魅力について書いたことがあるのだが、「中央公論社はたゞいまからでもぶつつぶしてみせる」という意表を突く魅惑的な書き出しから始まる本書は、戦時言論界の「独裁者」として悪名高い情報官・鈴木庫三についての評伝である。

鈴木の手記を掘り起こし彼の実像に迫るなかで、個人の評伝にとどまらず、「戦時期=暗い言論統制の時代」という既存の歴史観を覆していく。その記述にはただただ圧倒されるばかりであるが、とりわけ「あとがき」が印象深い。綿密かつ執念ともいえるような調査により、偶然の発見を引き寄せて「飛び上がらんばかりの興奮」を覚えたという執筆の経緯が綴られている。その様子に、歴史家にとっての知的興奮を読者として私自身も疑似体験した。

 『ネットワーク社会の深層構造』は、20年以上も前の、インターネットが普及し始めて間もない時期に刊行されたものである。だが、今読んでも本書は「古さ」を感じさせない。それは社会学やメディア研究の理論と応答させながら考察した、地に足のついた情報社会論となっているがゆえであろう。

なかでも感銘を受けたのは、副題にもなっている「『薄口』の人間関係」である。現在でもインターネットによって人間関係の希薄化を憂う論調はしばしば見受けられるが、対照的にこの本では「薄口」の人間関係を社会構造とメディア環境の変化から分析的に読み解く。私自身、現在「メディアを介した趣味のつながり」を研究テーマとするなかで「ネッ友」や「おひとりさま」に関心を寄せている。こうした言葉で表される現代社会の人間関係に、メディアがどのように関わっているのかを考えるうえでも、本書は示唆深い視点を提示してくれる。

佐藤彰宣(さとう・あきのぶ)

1989年兵庫県生まれ。立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。現在、流通科学大学人間社会学部講師。専門は文化社会学、メディア史。著書に『スポーツ雑誌のメディア史』(勉誠出版、2018年)、『〈趣味〉としての戦争』(創元社、2021年)、共著に『近頃なぜか岡本喜八』(みずき書林、2020年)、『楽しみの技法』(ナカニシヤ出版、2021年)など。