2022 04/15
私の好きな中公新書3冊

どう生きるかを考えるきっかけとなる本/菊池夢美

私は水生ほ乳類のアマゾンマナティーの研究をしていて、彼らの生息地である南米のアマゾン川へ通っています。
長すぎるフライト中の楽しみは機内映画を見ることです。南米までの片道3フライト、合計24時間程度で、10本くらいの映画を見ています。

その中でも「顔のないヒトラーたち」(2014年、ドイツ)は強く印象に残っています。ナチスドイツによるユダヤ人迫害については、本や映画、歴史の授業で習っていましたが、戦後のことについては詳しく知りませんでした。
この映画は、ドイツのアウシュビッツ裁判が題材となっています。終戦10年以上が過ぎて、ナチスドイツの過去が忘れられていく中で、アウシュビッツ収容所の元親衛隊員が教師になっていることがわかり、戦争を知らない若い世代がナチスドイツの犯した罪を追及していく映画です。この映画を見て、当時のドイツの人たちはヒトラー独裁下でどうしていたのだろう? 戦後、被害者たちはどうなったのだろう? と気になり、調べたいと思いました。

『ヒトラーの脱走兵』は、敵兵の大量殺害や市民の大虐殺といった非道に耐えられずに脱走したドイツ人兵士について、戦後の復権活動までを紹介した本です。そして『ヒトラーに抵抗した人々』は、ドイツ国内でどのような反ナチ抵抗運動が実行され、戦後どのように名誉回復がなされたのかが紹介されています。
これらの書籍を読み、感じたのは、自分の考えや判断を人に任せていてはいけない、そして、そのために正しい情報を知るための努力を怠ってはいけない、ということです。ヒトラー政権はドイツ国民の圧倒的支持を得ていましたが、ユダヤ人の大虐殺や戦争犯罪が起きていたことを知らなかったとは誰も言えないでしょう。都合の悪いものから目を背け、自分の利益を優先していた様子が書籍中で紹介されています。そんな中で、事実を知って、危険を顧みずに自らの考えで行動を起こしたのが書籍中の人物たちです。
最近はウェブサイトやYoutube等で簡単に情報を得られますが、その多くは裏付けがなくて、一般受けするような内容にされています。しかし、表面的な情報で満足して、人の意見に流されてしまうのは恐ろしいことなのだと、改めて感じました。

作中の抵抗者たちは、戦後もドイツ国民から差別を受け、国からの保証も受けられず、仕事に就くことさえできない人もいました。このような状況を知り、私はブラジルのアマゾン地域の先住民族への差別について改めて考えるようになりました。
ここには、確認されているだけで252の異なる民族の方たちが暮らしています。しかし、市民の先住民族に対する差別感情がとても強く、先住民族の暮らす地域に「ガリンペイロ」と呼ばれる金やダイヤモンド等の発掘者が入り込み、殺人事件にまで発展することがあります。
私はそうした差別の現場に居合わせたことはありませんが、ブラジルのボアヴィスタにある先住民族の生活をサポートしている研究機関(ISA, Instituto Socioambiental)を訪問したことがあります。この建物には看板がなく、研究所だとは全くわからない外観でした。理由を聞いてみると、「ここで先住民族のサポートをしていることが知られると、面倒なことが起きるかも知れないから。」ということでした。このような差別は絶対になくさなければいけません。
差別や偏見、ハラスメントなど、様々な形で現れる「いじめ」は社会の中でなくならないのでしょうか。『いじめとは何か』の中で、いじめを止められる社会について記述されていました。周囲の人間の関わり方でいじめの状況が変化するのならば、止めようと考えられる社会にならなくてはいけません。そのために、やはり正しい情報と正しい理解が必要です。

本を読むのにはある程度の時間がかかりますが、情報を得るためにはその時間が必要なのだと思います。そして本を読むと、はっきりと言葉にできなくても何かの意味を感じとることがあって、自分で考えるきっかけとなっています。私はこれからも、自分が気になることについて、本の助けを借りて学んでいきたいと思います。

菊池夢美(きくち・むみ)

1981年東京生まれ。2010年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。ブラジルやペルーのアマゾンマナティーの行動を研究し、現在はアフリカマナティーの保全プロジェクトや音響調査を行っている。2014年から京都大学野生動物研究センター研究員として従事、2018年一般社団法人マナティー研究所を設立、マナティー研究や環境教育の開発と実践をすすめる。2017年6月「情熱大陸」出演。
マナティー研究所HP:https://www.manateelab.jp/
Twitter:@KikuchiMumi