2021 11/04
私の好きな中公新書3冊

知的好奇心を育む/宮台由美子

岡田暁生『音楽の聴き方 聴く型と趣味を語る言葉』
安野光雅『カラー版 絵の教室』
波多野誼余夫/稲垣佳世子『知的好奇心』

幼い頃から大学卒業まで毎週ピアノを習っていたというのに、音楽に疎い。曲名も覚えられないし、会場で演奏が始まると意識が遠のき、コクン、コクンと居眠り。周囲の拍手で目を覚ましたことも数えきれない。だから感想を語り合ったこともない。そんなコンプレックスを抱えていた私が、こっそり手にとったのは岡田暁生『音楽の聴き方』である。

冒頭から驚かされる。音楽を聴く喜びは「語り合う喜びである」と。音楽は言葉であるということ、何を語っているのかに耳をすまし、お気に入りの音楽に自分だけの言葉をみつけ、言葉を磨くことについて、様々な事例や歴史とともに論じられている。音楽文化とは「すること」と「語ること」がセットになっているのであれば、私が音楽を楽しめない理由も見えてきた。言葉が圧倒的に足りなかったのだ。本書のあちこちに語られている「最高の音楽体験」に、いつかめぐりあうかもしれない。言葉が降りてくる、その瞬間に耳をすまそうと音楽に対する見方を変えられた一冊であった。

芸術つながりでは、安野光雅『カラー版 絵の教室』も見逃せない。絵描きは絵を描くときに何を考えているかという視点で、絵の歴史や技法、作品についての講義がまとまった一冊である。カラーで絵や写真が贅沢にたくさん収められているのもうれしい。絵にまつわる技法を自ら実験台になって試したり、講義を受けた高校生の意見や描き方に少年のように驚く著者の筆致が魅力的だ。

写生の技術を基本にしながら、目に見えないものを描く想像力、創造力、イマジネーションが重要になってくるのが絵の世界だ。第一線に長年いらした著者が、本書の最後で結論づけるのは、何をするにしても「想像すること」の大切さであった。いつになっても、想像と空想の世界に住んでいた子ども心を思い出し、出会ったものに驚き、恐れ、心動く想像力を耕し続けたいものである。

それでは音楽や絵に限らず、あらゆる世界の入り口を見つけ、深めていくとは一体どういうことなのだろうか。波多野誼余夫/稲垣佳世子『知的好奇心』が、その疑問に答えてくれる。本書では心理学の観点から、人間は知的好奇心をもとに、新しい事物や事象にたえず関心を示し、これらに働きかけていっそうの情報を引き出そうとすると説く。「人間は怠けものだ」とする伝統的理論に基づいて「生産性」や「効率」を重んじる社会では、本来持っているはずの知的好奇心が見落とされがちだ。自由な環境の中でこそ知的好奇心は発揮され、周囲との言葉のコミュニケーションを通じて、その能力はポジティブに深められるようだ。

知的好奇心を発揮し、深めるためには場を作る必要がある。本書では教育の場について語られているのだが、もしかしたら書店にもできることがあり、そこに私の役目があるかもしれない。どれほど遠い話でも、なんでも仕事に結びつけて考えてしまうのが、書店員のサガである。

宮台由美子(みやだい・ゆみこ)

代官山 蔦屋書店人文コンシェルジュ。2016年4月より現職。
哲学思想、心理、社会などの人文書の選書展開やイベント企画を行う。
Twitter:@yumikomiyadai ポッドキャスト:DAIKANYAMA Book Track -代官山ブックトラック