2021 07/15
著者に聞く

『植物のいのち』/田中修インタビュー

いよいよ夏真っ盛り。緑も濃く、植物の旺盛な生命力を感じるこのごろです。『植物のいのち』を刊行した田中修先生にお話を伺いました。

――本書は「植物のいのち」というタイトルですが、植物の命は、私たち人間の命と、いろいろ違うのですか?

田中:同じところもあるし、違うところもあります。同じところはわかりやすくて、両方の命ともに、命そのものは目で見ることができないことであり、いっぽうでその命の営みは目にはっきり見えることです。
そして、植物たちの命の守り方も、私たち人間の場合と共通です。

――私たち人間と植物とで、どのように、命の守り方が共通なのですか?

田中:いままさに、コロナウイルスと私たち人間は戦っていますが、このコロナ禍で、私たち人間が命を守るために講じているのは、主に、「外出の自粛」、「マスクの着用」、「三密を避ける」という3つの方策です。これらは、植物たちがもともと身につけている命の守り方なのです。

1つ目の「外出の自粛」は、ウロウロと動きまわらないということです。植物は、動きまわることなく生涯を過ごし、命をまっとうします。
2つ目の「マスクの着用」は、飛沫による感染を避けるために、なるべく話をしないということです。「話をしない」というのは、植物たちの生き方の大きな特徴の1つです。
3つ目の、「三密を避ける」は、過密な状態を避けて暮らすことです。植物の苗や苗木が適度な間隔を置いて育つというのは、植物たちの命の守り方です。私たち人間も、植物たちが“密”では育たないということをよく知っており、密にならないように栽培します。

私たち人間が命を守ろうとしている方法は、植物たちが自然と身につけていることと一致しているのです。「植物は、命を守る極意を心得ている」ということです。

――では、植物の命と私たち人間の命とで違うところは、どのようなところですか?

田中:拙著『植物はすごい』では、植物の生き方を“すごい”と表現しました。このすごい生き方をする植物の命は、“たくましい”と表現できます。そのたくましさは、いろいろな場面で感じることができますが、たとえば、いろいろな環境の中で長い歴史を経て、繁栄してきたことです。
植物が地球の陸上に現れたのは、約4億7000万年前です。その後、植物たちは、いろいろな環境の変化に耐えて、命を守って、長い歴史を刻んで生き抜いています。その間に、植物たちは生育する範囲をどんどん広げてきました。
上陸したころは、植物はジメジメした水気の多いところでしか生きられませんでしたが、今では乾燥した地域でも生育しています。現在、地球上には、1本1本数えたわけではありませんが、約3兆400億本もの樹木が育っているといわれます。
樹木だけでなく、多くの植物が、世界中のどこにでも育ち、栽培されています。栽培されている植物については、「人間が栽培しているから育っている」と思われがちです。でも、人間が栽培しようとしても、そもそも植物たちが、その土地の風土に対応できないと育つことはできません。
これらを思うと、植物の命は、“たくましい”と感じざるを得ません。

――「植物の命は、たくましい」と感じられるということですが、植物の“たくましさ”のもとは何でしょうか?

田中:植物たちは、光合成をして、生きるためのエネルギーを自給自足で得ています。また、香りを放ったり、有毒物質をもったりすることで、虫や病気などから自分のからだを自分の力で守っています。これらが、植物たちの“たくましさ”の一因です。

からだの構造で考えると、植物のたくましさのもとは、“根”です。
たとえば、長寿の樹木として、何百年、何千年というのが知られていますが、もっと長い「約8万年間、生きている」といわれる樹木の根があります。この根は、地上部へ何万本もの樹木を生やしており、地上部では、森になっています。森に群生する樹木を地下部で支えている根は、つながっており、1本なのです。その面積は、東京ドームの9個分を超えています。1本の根が8万年生きて、これほど大きくなったのです。

また、コアラがその葉っぱを好んで食べることで知られるユーカリは、地上では十数メートルの背丈です。一方、この木の根は、地下35~40mの深さにまで伸びています。そして、金を含む鉱脈があると、そこから金を吸収し、葉っぱや樹皮の中に蓄積することがわかっています。「根は、地上の約3倍も深く伸び、金鉱脈に当たると金を吸い上げる」という能力をもっているのです
植物のたくましさを支えるのは、“根の力”といって、過言ではありません。

――私たちの身近に育っている植物の根にも、“たくましさ”はありますか。

ひこばえ

田中:もちろんあります。3つの例を紹介します。

1つ目は、地上部を再生する力です。
身近にある樹木は、地上部の幹の基部で、バッサリと伐採されることがあります。しかし、伐採されても、根は、生きており、水や養分を吸収し、残された切り株から、芽が伸び出してきます。この芽生えは、「ひこばえ」とよばれ、そのまま樹木として成長します。
ということは、樹木の寿命は、伐採されても、たくましい根の力によって、絶えないことになります。

2つ目は、身近な植物たちの根には、ハングリー精神があるかのように、水を求める根性があることです。
たとえば、成長する芽生えは、ジメジメした水気の多い場所では、根をあまり発達させません。発達させなくても、水が十分に得られるからです。
しかし、水が不足する乾燥した場所だと、植物はハングリー精神を発揮して、根をどんどん発達させます。根には、水が不足すると、水を求めて伸びるという、たくましい性質があるのです。

3つ目は、窒素養分を自分で調達する力です。
身近な植物たちは、成長するために、養分として窒素を必要とします。なぜなら、窒素は、葉っぱの緑の色素や、形や性質を子どもに伝えるための遺伝子、生きていくためになくてはならないタンパク質をつくるために必要なものだからです。そのため、植物を栽培するときに、私たちは窒素肥料を与えるのです。
ところが、マメ科の植物たちは、根に根粒菌を住まわせることで、自分で窒素を手に入れます。根粒菌は、空気中の窒素を吸収し、窒素肥料に変える力をもっているからです

ここで紹介した、これら3つは身近な植物たちの根がたくましいことを示しています。

――私たち人間も、子どもをつくり、次の世代に命をつなぎますが、植物もタネをつくって、次の世代に命をつなぎます。このような命のつなぎ方に、植物に独特のものはありますか?

田中:人間を含めて、動物と植物は、オスとメスが合体して、子どもをつくり、命をつなぎます。
植物たちも、動物のオスに当たるオシベの花粉を、他の花のメスに当たるメシベにつけて子どもをつくります。しかし、この生殖方法では、かならず、相手がいなければ、子どもを残せません。
そこで、多くの植物たちのなかには、自分一人で、子どもをつくるものがあります。たとえば、自分が咲かせた1つの花の中で、自分のオシベの花粉を自分のメシベにつけて、タネをつくります。こうすれば、風や虫に頼らずに、確実に自分一人で子どもを残すこともできます。
また、自分一人で、球根や塊茎、塊根などがつくられます。これらの方法では、自分だけで子どもをつくり、確実に、次の世代へ命をつないでいくことができます。

――ところで先生が、植物に「いのち」を感じるのは、どんなときですか?

田中:ふつうには、小さなタネが発芽し、芽生えがすくすく成長し、やがて、きれいな花を咲かせ、おいしい果実を実らせ、多くのタネを残す姿を見るときです。
でも、それとは別に、植物の命を感じたことがあります。

私は、植物がツボミをつくる仕組みを解き明かす研究をしてきました。そのために使った植物は、研究を進めやすいウキクサです。「花の咲かない浮草の」と歌われますが、この植物にも、じつは花は咲きます。
その研究の途上で、窒素が不足すると、ウキクサをはじめ、植物には、ツボミが形成される仕組みが存在することがわかったのです。
窒素は植物が自分の命を維持していく上で絶対に必要なものですから、窒素が欠乏するということは、自分の命が危うくなるということです。「窒素が欠乏して、命が危なくなると、ツボミをつくり、花を咲かせて次の世代へ命をつなぐためのタネをつくる」という仕組みをもつことを知ったときには、植物の強い命を感じました。

――本書には、いろいろな実験も出てきます。先生のお勧めの実験は何ですか?

田中:本書で紹介しているいくつかの実験のうち、編集者が実際にやって、結果の写真を撮り掲載したものがあります。これらは次の3つですが、是非多くの方にもやってもらいたいものです。
植物の命を生き生きと感じてもらえると思います。くわしくは、本書に書いてありますが、簡単に紹介します。

1つ目は、「セイヨウタンポポでは、花が咲くと、花粉がつかなくても、メシベだけでタネができる」という性質を確認する実験です。数日以内に花が開きそうに大きく成長しているセイヨウタンポポのツボミの上半分をハサミで切るのです。すると、花粉を受け取るはずのメシベの先端がなくなってしまうので、タネができないはずです。ところが、約10日間が過ぎると、綿毛をもつピンポン玉のような大きな球状のものが開いてきます。その綿毛にはしっかりタネもついているのです。

2つ目は、「観葉植物であるポトスは、茎を切って水につけておくだけで、根や葉っぱを生やして成長し、いつまでも生き続ける」ということを知る実験です。
葉っぱのつけ根から根が生えますから、数枚の葉っぱをつけて茎を切り取り、水につけるだけで、命をつなぐことができます。数十年間、個体を増やし続けることも、めずらしくありません。

3つ目は、「タンポポの根の切片には、芽を出し、根を出して、完全な植物に育つ力が隠されている」ということを明らかにする実験です。
タンポポの根を土から掘り出し、土をよく洗い落とし、側面から出ている細い根はすべて切り落とします。この根を数cmの長さの断片に切り、十分に水を含んだティッシュペーパーの上に置いておきます。すると、十数日が経過すると、根の切片に芽ができ、葉っぱが出て、やがて、根が出ます。

――最後に、読者にとくに伝えたいことがありましたら一言お願いします。

田中:これからの時代、若い人々は、植物たちと共存、共生し、植物の力を使わなければなりません。なぜなら、私たち人間は、植物がなくては生きてもいけないのです。私たちの命は、植物の命に依存しているのです。
私たちが、植物の力を使うためには、“植物のすごい力”を知らなければなりません。そのために、是非、拙著『植物のいのち』を読んでほしいと思います。

田中修(たなか・おさむ)

1947年(昭和22年)京都に生まれる.京都大学農学部卒業,同大学院博士課程修了.スミソニアン研究所博士研究員,甲南大学理学部教授等を経て,現在,同大学特別客員教授.農学博士.専攻は植物生理学.
著書『ふしぎの植物学』『雑草のはなし』『都会の花と木』『植物はすごい』『植物はすごい 七不思議篇』『植物のひみつ』(中公新書),『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社),『クイズ植物入門』『入門たのしい植物学』(講談社ブルーバックス),『フルーツひとつばなし』(講談社現代新書),『葉っぱのふしぎ』『花のふしぎ100』『タネのふしぎ』『植物学「超」入門』『植物の生きる「しくみ」にまつわる66題』(サイエンス・アイ新書),『植物のあっぱれな生き方』『ありがたい植物』『植物はなぜ毒があるのか』(幻冬舎新書),『植物の不思議なパワー』(NHK出版),『植物のかしこい生き方』(SB新書),『植物はおいしい』(ちくま新書),『植物は人類最強の相棒である』(PHP新書)ほか多数.
近刊に『すごい植物最強図鑑』(監修,中央公論新社).