2021 03/04
著者に聞く

『アメリカの政党政治』/岡山裕インタビュー

2020年大統領選挙でトランプが僅差で勝利したニューヨーク州オツィーゴ郡のクーパーズタウンにて

バイデンとトランプの大統領選で、あらためて大きく注目を集めたアメリカ。だが実は大統領の権力はさほど強くはない。アメリカ政治は民主・共和という二大政党によって実は動いている。『アメリカの政党政治』は、制度上ほぼ"保証"された世界でも特異な二大政党制から、アメリカ政治を250年にわたって通観した作品である。

著者・岡山裕さんに、本書について、またアメリカ政治の魅力、現状と未来についてうかがった。

――岡山さんは、2020年3月からアメリカに滞在されていましたが、この1年間はコロナ禍での大統領選、連邦上下院選がありました。2500万人を超える罹患者、50万人超の死者(2021年2月現在)を出したコロナの影響下、3つの選挙戦をどのようにご覧になっていましたか。

岡山:トランプが再選されるかなどの選挙結果もさることながら、コロナ禍のため、選挙がどう戦われるのか、まともに投票や集計ができるのかが気になっていました。候補者組織が大規模集会を開いたり有権者を戸別訪問したりしにくかったですし、二大政党の全国党大会も結局オンライン開催になりました。

またコロナ対策のための期限前投票や郵送投票の活用をめぐっては、その是非や方式について激しい論争が起き、州によっては期限前投票のための投票場所が極端に制限されるとか、怪しげな非公式の投票箱が設置されるといったことまでありました。にもかかわらず、投票率が記録的に高くなり、選挙後の集計時の混乱も予想外に小さかったというのは率直にすごいことだと思いますね。

――トランプの弾劾裁判が否決され、ようやくバイデン政権が本格的に動き出します。アメリカでは、どのような期待と不安が語られていますか。

岡山:その人の政治的立場によって、期待と不安の中身が完全に正反対、という状況なのだろうと思います。民主党支持者の多くからみれば、人種・性差別を隠そうともせず、事実を事実と認めないうえに、政府を私物化して民主主義も軽んじる、トランプの悪夢のような支配がようやく終わって政治がまともになる。他方で少なからぬ共和党支持者からすると、「過激な社会主義者」の息のかかった、中国などアメリカの競争相手に甘いバイデンが、不正な選挙で政権を強奪した、というところでしょう。

今世紀はこれまで、W・ブッシュ、オバマ、そしてトランプのいずれの就任時にも、支持政党によって人々の抱く印象の違いが明瞭でしたが、今回は党派間の落差がいよいよ大きくなったという気がします。

――大統領の交代によって、どのような大きな変化があると思いますか。

岡山:内政と外交に分けると、大統領は外交上大きな裁量を持ち、バイデンは国際協調を重視した取り組みを始めています。気候変動に関するパリ協定への復帰や、トランプ政権下で交渉が難航したロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)の延長といったことがあります。また2月にクーデタが起きたミャンマーについて、早々に制裁に踏み切ったことは民主主義重視の姿勢の表れといえますね。

他方、内政では、経済対策を含めた新型コロナウイルス対策が最優先です。ただ、連邦政府が管轄する領域でのマスク着用の義務づけなどは大統領の指示でできますが、政権が目指す1兆9000億ドル規模の経済対策など、大きな政策変更には議会による立法が必要になります。

大統領は内政上の権限が限られるため、政策課題とそれへの対策を提示する「音頭取り」の役割をいかにうまく果たすかがカギになります。ただ、二つの戦争と経済危機の最中に就任したオバマと同様、バイデンもコロナ禍や陰謀論の台頭といった危機を引き継いでおり、気候変動対策など独自の課題に取り組む余裕がどれだけあるかは未知数ですね。

――今回の選挙で、連邦議会の上下院とも民主党が多数を握りました。どのような変化があると思いますか。

岡山:多数党は、院内の審議過程全体をコントロールできるので、バイデン政権の推進したい法案を優先的に扱えるなど、バイデンと民主党には明らかに追い風といえます。ただ、アメリカの議会には日本の国会でいう党議拘束がなく、議員は個々の判断で投票します。

さらに、上院にフィリバスターという、本会議での決定に実質的に6割の議員の賛成を要する規則があるなど、連邦議会は政策決定に過半数よりも大きな、特別多数の支持を必要とする制度に特徴があります。そのため、多数党であれば好きに政策を作れるわけではありません。

バイデンは超党派の協力を謳っていますが、あらためてそう言うまでもなく、共和党側との交渉や妥協が必要になってきます。政権発足2年目の中間選挙では、政権党が議席を減らすのが普通なので、それまでに実績を上げるにはスタートダッシュが大事になります。

――日本人は一般的に、強い権限を持ったアメリカ大統領が政治を動かしていると認識しています。今回のご本では、民主・共和という政党に注目し、彼らこそがアメリカ政治を動かす原動力として描いています。どうしてそのように言えるのですか。

岡山:日本では、国会でまとまって行動する多数党に支えられた内閣、とくに党首でもある首相が大きな権力を握っています。ところがアメリカでは、政権党が議会で多数を占めるとは限らず、党議拘束もありません。ですから、大統領の意向が政策的に実現する保証はなく、また大統領の憲法上の権限もかなり限られています。

それもあって、歴史的に大統領は議会の作った政策を執行する役職という性格が強く、政策的な主導権を握ろうとするようになったのは20世紀に入ってからです。このように、アメリカではこれさえ見ておけば政治が大体把握できる、という主体がいないんですね。

そこで、様々な機関や主体、また諸制度の相互作用を把握することが重要になりますが、それらすべてに関わるのが政党というわけです。ただ、アメリカでは政党にまとまりがないので、その動きを把握するのも結構大変なのですが。

――250年の歴史のなかで、アメリカの政党、政党政治とはどういったもので、どこが特徴的なのでしょうか。

岡山:アメリカの政党は、世界的に見てもとにかく「ユルい」んですね。議会内でも規律が弱いですし、そもそも党首はおらず恒常的な綱領もなく、全国政党といっても実態は地域毎の党組織の連合体です。また正式な党員制度はなく、今日ではトランプのように、ある党の政治家でなくてもその党から選挙に出られます。

この規律の弱さと内外の垣根の低さという柔構造が、アメリカの主要政党の重要な特徴です。こう言うと、とてもいい加減な政党という感じがするでしょうし、ある意味そうなんですが(笑)、そのおかげで政策的立場や支持層を緩やかに変化させられ、共和党は150年以上、民主党にいたっては200年近く存続しているわけです。

――もともと、党議拘束や緩やかな結束とされるアメリカの二大政党ですが、なぜここにきて分断・分極化が進んだのでしょうか。

岡山:1970年代以降、共和党が保守、民主党がリベラルの立場でイデオロギー的な分極化が本格化したのですが、これも「ユルさ」のなせる業です。とくに共和党の保守化が顕著で、それまで民主党内のリベラルな多数派が主導してきた政策に対抗すべく、様々な政策分野の保守派(反リベラル)が共和党に結集したのがきっかけとされます。

それを受けて、各種の利益団体や社会運動がイデオロギー的にまとまって一方の党を集中的に支援するようになっていき、分極化が深まりました。決して、党のトップによる路線変更といった形で起きたわけではないんです。なので、各政党がそれぞれのイデオロギーでまとまったといっても、党内にはそれなりに多様性が残っています。

――分断・分極化が進み、二大政党の勢力が拮抗するなか、「決められない政治」になったと言われます。その打開策はあるのでしょうか。

岡山:二大政党制というと、多数党の方針に沿った政策が実現し、その責任が次の選挙で問われるというイメージを持つ人も多いでしょう。ところがアメリカでは、立法に特別多数の賛成を必要とする制度と、議会内の政党規律の弱さのため、多かれ少なかれ超党派の議員の賛成が必要で、政党の政策への責任がはっきりしにくいんです。そもそも、各党内で政策方針が共有されているわけでもありません。

しかもここ数十年は、分割政府(議会の多数党と大統領の所属政党が異なる状態)の期間が長いことに示されるように、二大政党の勢力が全国規模で拮抗していて、それが政策形成をより難しくしています。これがアメリカ版の「決められない政治」で、例えばトランプ政権期にも、予算法案が成立せず連邦政府が部分閉鎖されるということが2度起きています。

立法時に必要な票数が集まらないのが問題なので、対策は、より多くの議員が協力するか、立法のハードルを下げるかの二者択一になります。前者が困難なので、近年は上院のフィリバスターの適用範囲を狭め、過半数で決定できるようにしようとする動きが強まっています。すでに政治任用人事の承認はそうなっていて、この先この「改革」が立法まで及ぶようなら、アメリカの民主政治の性格が変わったといえる位のインパクトがあると思います。

――決められない連邦政府の問題について、各州政府の有り様に示唆があるとの指摘がありましたが、これはどのようなことでしょうか。

岡山:二大政党は全国規模でこそ拮抗していますが、実は大半の州では一方の政党が明らかに優勢なんです。州議会は全体に連邦議会よりも多数決主義的な制度を持つこともあって、多数党側のイデオロギー色がはっきり出た政策が実現しています。共和党多数なら銃規制や福祉を弱める一方で人工妊娠中絶規制を強め、民主党多数ならその逆、といった具合です。連邦政府が動きにくい今日、各州のとるこうした政策の存在感が増しています。

――2050年頃までには非白人が白人の人口を上回ると予測されます。その支持を受ける民主党優位の時代が来るとの予測もありますが、どうでしょうか。

岡山:若者が全般にリベラルなのもあって、たしかに人口動態的には民主党が優位とされます。ただ、民主党支持者は都市部に住む傾向が非常に強いんです。小選挙区制の下では、個々の選挙区でぎりぎり一位になって勝つのが一番効率的なわけですが、民主党は都市部で圧勝する一方、支持者の少ない地方部では弱い。支持者が全国に満遍なく散らばる共和党と比べて勝ち方が非効率的なんですね。

この傾向が続けば、民主党支持者が相対的に増えてもその恩恵はなかなか選挙結果に表れにくいでしょう。とはいえ、近年は民主党支持者が共和党の強い西部の内陸部や南部に移住する動きもみられます。2020年大統領選挙で、長年共和党が優位だったアリゾナ州とジョージア州をバイデンが獲得したのもそれが一因といわれます。今後どうなるか、要注目です。

――さて、今までの質問について、ご本のなかで詳細に触れられてもいますが、今回最も執筆で苦労したのはどういった所ですか。

岡山:よい新書は、あるテーマについて「初学者に寄り添いつつ玄人も退屈させない」本ではないかと思っていて、それを目指したのですが、両者のバランスをとるのに大変苦労しました。普段書いている学術論文は、自分の議論の正しさをひたすら説得する文章です。もちろん分析は大変ですが、論述の目標が一つなのは書いていて楽です。多様な読者を想定して執筆する新書には、独特の難しさがありますね。

それに、元々書く文章が硬めのようで、担当編集者の方に草稿をコメントで真っ赤にされました。そのおかげで、少なくとも筆者の「当社比」では大分改善されたと思います。大変な思いをさせてしまった編集者さんには、コーチ代を出さなければ(笑)。

――どういった所に注目して読んで欲しいですか。

岡山:大きく二つあります。第一は、全体としては歴史叙述だけれども、各時期に政党政治がどう展開したのかについては政治学的な説明もしているという、学際的なスタイルをとっているところです。それによって、例えば今日の分極化についても、従来の政党政治とどこが違ってどこまで同じなのか、といったことがクリアになっているかと思います。

第二は、19世紀までの政党政治の世界ですね。「政党の時代」に政党が人々の生活にまで入り込んでいた様子は、日本ではあまり紹介されていませんが、それ自体独特で面白いうえに、今日の政治の基礎になっている部分も多いです。もし本書で関心を持たれたら、南北戦争後を扱った旧著『アメリカ二大政党制の確立』(2005年)も是非ご覧下さい(笑)。

――反響はいかがでしょうか。

岡山:大統領選挙直前の刊行ということもあってか、幸い全国紙を含むいくつかの媒体でご紹介いただきました。ほぼ同時期に、日頃からお世話になっている久保文明先生と金成隆一さんの『アメリカ大統領選』(岩波新書)が出版されたので、併せて手に取ってくださった方も多いようです。

全体に好意的な反応が多くてほっとしていますが、「わかっていたつもりのアメリカの政党政治の実態が想像と全然違っていた」という声が多く、これはねらい通りだったのでうれしいですね。あとは、私も人の子なので、SNSで読者の反応を見てみることもあります(笑)。少しずつ読み進めてくださっている本好きの方がいらしたりすると、ちょっと感動ですね。

――次の執筆テーマ、興味・関心について教えて下さい。

岡山:これまで主に、今あるアメリカ政治が歴史的にどう生み出されてきたのか、という関心で研究を進めてきました。二大政党制と、これまたアメリカが独特といわれる、行政機構の発展が研究テーマの二本柱という感じです。2年前に、20世紀前半の行政機構について英語で研究書を出し、今はその前後の時期に手を広げようとしているところです。

一方、二大政党制については、「あとがき」にも書いたように本書が一応「卒業論文」のつもりでいました。ところが、書いているうちに不思議に思うことも出てきたので、あらためて取り上げてみようかとも思い始めています。

外国の研究は、現地の研究者に比べて資料へのアクセスで不利になりがちなうえ、現在はコロナ禍で文書館などでの現地調査が困難という問題があります。それでも面白いテーマでうまく成果を出せるよう、戦略的に研究を進めたいと考えています。

岡山裕(おかやま・ひろし)

慶應義塾大学法学部教授.1972(昭和47)年兵庫県生まれ.95年東京大学法学部卒,同年同大学院法学政治学研究科助手.96-98年コーネル大学歴史学部客員研究員.2000年東京大学大学院法学政治学研究科講師.2002年東京大学大学院総合文化研究科講師(地域文化研究専攻).04年同助教授.07年慶應義塾大学法学部准教授,11年より現職.博士(法学・東京大学).専攻・アメリカ政治,政治史.著書に『アメリカ二大政党制の確立――再建期における戦後体制の形成と共和党』(東京大学出版会,2005年/アメリカ学会清水博賞受賞).Judicializing the Administrative State: The Rise of the Independent Regulatory Commissions in the United States, 1883-1937(Routledge, 2019/アメリカ学会中原伸之賞受賞).共編著に『専門性の政治学  デモクラシーとの相克と和解』(ミネルヴァ書房,2012年),『アメリカの政治』(弘文堂,2019年)など.