2021 01/21
編集部だより

出張のはなし

この先にめざす地がある

この仕事をしていると、「出張はどこへ、どのくらいするの?」とよく聞かれる。「年に数度で、行き先は京都とか……」などと答えると、うらやましがられることもある。

けれども、そんなに良いものでもないんです。名所とも美味とも無縁で、ひどいときは京都日帰り、しかも駅ビルから一歩も外に出ずに、打ち合わせをみっちりしてとんぼ返りなどということもある。

とはいえ、出張には独特の楽しさがあることも事実で、以下にそれを書きます。

ふだんから好き勝手に仕事をしているけれども、出先で著者と話をしていると、気宇壮大になって「いいですね。やりましょう、やりましょう」と言うことが多い。良くいえば即断即決である。

宮脇俊三も、「将が外にあるときは主君の命令に従わなくてもよい」という『史記』魏公子列伝の言葉を紹介したうえで、「サラリーマン時代の私は、この言葉が大好きだった。自分勝手に仕事をしたい者にとって、つごうのよい言葉であり、説明を要しないが、出張先などで東京の本社の上司に長距離電話をかけ、細かい指示を仰いでいる奴を見ると、イライラした」と書いている(『史記のつまみぐい』)。

この言葉を言ったという魏公子の食客・侯生にも、宮脇俊三にも比肩すべくもないが、出張先で出来た企画は、なぜか印象深いものが多い。

著者に会う出張もあるが、取材に行く出張もある。これはもう大好きである。著者と一緒に、あるいは単独でインタビューに出かけたり、資料を借りたり、写真を撮ったりする。

『米の日本史』(佐藤洋一郎著)の編集時、京都府向日市にある「旭米顕彰碑」という石碑を本文中に掲載することになり、撮影に行った。JRの向日町駅から歩いて行くと1.5kmほどでこの碑にたどり着く。行ってみておどろいたが、正月だったため、碑にしめ飾りが飾ってあった。地元の人びとに今なお愛されている、むしろ信仰されていることを感じる。ふだんの碑の姿とは違うが、それもまた良いかと思い、撮影した。そのため、『米の日本史』にはしめ飾り付きの碑の写真が載っている。

また、『謎の漢字』(笹原宏之著)のときには、滋賀県の妛原(あけんばら。本当はこの「山」+「一」+「女」という漢字ではないが、そのことについては本書に紹介されている)という集落に一人で行った。

近江鉄道の多賀大社前駅の観光案内所でレンタサイクルを借りる。2月のことで、北風が吹き、ところどころ雪も残っている。そんななか、鈴鹿山脈の山中にある集落まで片道8kmを漕いでいく。くそ寒いが、坂が急になるにつれて汗だらだらになる。東京にいる自分は仮の姿で、このために生きているのだと実感する瞬間である。

たどりついた妛原では、たまたまご夫婦に出会い、お話を聞くことが出来ただけでなく、貴重な古文書も見せてもらえた。今では3人しか住んでおらず、しかも冬は下の集落にある別の家で暮らしていることが多いそうで、お会いできたのは本当に幸運だった。

上がり込んでお茶まで頂いてしまったが、いまではそんな取材は不可能だろう。いつの日か、ふたたびそういうことが出来る日が来ることを祈っている。(酒)