2020 10/15
著者に聞く

『戦争とは何か』/多湖淳インタビュー

『戦争とは何か』は、国際政治学の成果を生かして科学的に国家間戦争や内戦、国際介入や平和構築を論じ、話題を呼んだ。その狙いなどについて、著者の多湖淳さんにお話をうかがった。

――本書をご執筆した動機は何でしょうか。

多湖:日本のメディアなどで散見される乱暴な国際政治に関する議論と、そのナイーブな受容に危機感を覚えたからです。また、日本では専門的なジャーナルや書籍を除き、あまり広く紹介されてきていない科学的な国際政治学を紹介する必要性を感じてきた(そして、それはデーヴィッド・シンガーとの約束であったから)です。

――本書の序章やあとがきにも恩師のデーヴィッド・シンガーの話は出てきますね。そもそも多湖先生が国際政治学の道に進んだ理由をお教えください。

多湖:1990年8月から翌年にかけての湾岸危機・湾岸戦争の勃発を目の当たりにした中学生のころ、国際政治に強い関心を持ち、また同じ時期に読んだ第2代国連事務総長のダグ・ハマーショルドの評伝に影響を受け、国際連合で働きたいと思ったのがきっかけです。

――本書は、データを用いた科学的分析を重視して議論を展開しています。その理由についてご説明いただけますか。

多湖:従来の国際政治学ではイズム(リアリズム、リベラリズム、コンストラクティビズムなど)のレンズを通して議論する作法が主流でした。しかし、イズムにばかりとらわれてしまうと、議論は硬直化すると感じます。理論には、そこから導かれる反証可能な仮説について、「エビデンス」に照らし合わせてテストし、それが肯定ないし否定されていくという科学の営みが学問として不可欠だと思います。

「エビデンス」は量的なデータではなくても質的なケーススタディでも重要です。何にせよ、さまざまなデータセットが構築され、それが利用できる環境下(=現在の世界の標準的な国際政治学)では、データを活用して理論を検証する立場が一般的だと思います。科学的な分析は、国際政治学を専門家だけのものにせず、多くの人に考え、議論するきっかけを提示するものだと考えます。

――近年、米中関係の緊張が高まっています。この状況については、どのようにご覧になりますか。

多湖:とても懸念しています。本書でも紹介したダグ・レムケやジョナサン・レンションの議論を見ても悲観的な予測が出ています。おそらく、危機をエスカレーションさせない賢明な行動を各国がしっかりとらねばならず、次期アメリカ大統領が誰になるのか、そしてどういった政権チームが構築されるのか、習近平政権が安定的に統治を継続できるのかなどはとても重要なポイントでしょう。

あと、リーダーは国内の観衆の目を外敵に向けるという誘因を持っていると思います。その意味でリーダーの個別利益にかなうエスカレーションがおきないよう、冷静な対応を求める国民の目が大事ですし、メディアも短絡的に危機を煽るような報道は厳に慎む必要があります(が、どこの国でも、なかなかそれは容易ではないとわかっていますし、その点について研究をするのは課題だと思っています)。

――本書とあわせて、国際政治学に入門する際、おすすめの本などはありますか。

多湖:3冊紹介しますね。
①山影進著『国際関係論講義』(東京大学出版会、2012年)
②小寺彰著『パラダイム国際法』(有斐閣、2004年)
③鈴木基史・岡田章編著『国際紛争と協調のゲーム』(有斐閣、2013年)

――今後の研究や仕事の予定を教えてください。

多湖:『戦争とは何か』の第4章でも出てきた、安全保障のジレンマをめぐる研究をしたいと思います。また、多くの素晴らしい共著者に恵まれているので、彼らと核兵器のタブー意識から日米同盟、有志連合など様々なデータに基づく研究をしていきます。

――とても期待しております。どうもありがとうございました。

多湖淳(たご・あつし)

早稲田大学政治経済学術院教授.1976年静岡県生まれ.1999年東京大学教養学部卒業.2004年東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)博士課程単位取得退学.2007年2月東京大学より博士号(学術)取得.神戸大学大学院法学研究科准教授などを経て現職.2017年からオスロ平和研究所・グローバルフェロー.
著書に『武力行使の政治学』(千倉書房,2010年),『戦争とは何か』(中公新書,2020年).共著に『政治学の第一歩 新版』(有斐閣,2020年)など.