2019 09/11
著者に聞く

『古代日中関係史』/河上麻由子インタビュー

30代の新進気鋭の古代史家・河上麻由子さん。『古代日中関係史』では、倭の五王の時代から遣唐使派遣以降の500年に及ぶ通史を描いて下さいました。「通説」に変更を迫ろうとする意欲的な作品。彼女の執筆や研究への思いを聞きました。

――『古代日中関係史』の執筆の動機は?

河上:高校生の時、新書(たぶん岩波ジュニア新書です。中公さんごめんなさい)を読んで日本古代史に憧れました。確か、奈良文化財研究所の方が書いたものだったと思います。そのため、いつか、高校生も手に取ってくれる新書で、古代史を描いてみたいなと思っていました。

――500年以上にわたる日本と中国の関係を描いていますが、最も注目して欲しい部分はどこですか?

河上:やっぱり、遣隋使でしょうか。画期だと思う点は、遣隋使は対等外交だったという大変オーソドックスな見解に対して、遣隋使もその前後の使者と同じく朝貢であり、対等を主張したなどという「画期」とは認められない、と論じたことです。

――執筆にあたって苦労したところはどこですか。

河上:日本史の中で一つの流れになるように書くことです。古代対外関係史について優れた研究は多くありますが、その分、研究は細分化してしまい、通史を書くのがとても難しくなっています。時代区分による叙述の断絶を超えてみたいと思っていましたし、また、対外関係という特殊分野の歴史としてではなく、日本史として通史にするにはどうしたらいいか、とても悩みました。

 それから、日本古代の対外交渉は朝鮮半島抜きには語れません。その一方、朝鮮半島を入れると、新書で通史を書くことは不可能になります。朝鮮半島との通交は河内春人さんが『倭の五王』を書かれたばかりでしたし、こちらは尊敬する河内さんに任せようと思い切りました。とはいえ中国との関係史にフォーカスする、そのさじ加減にも迷いました。

――今回のご本で、最も読者に伝えたかったことは何ですか。

河上:「アジアに冠たる大国=日本としての歴史はこうあらねばならない」、という時代はもう終わったということが伝われば嬉しいです。

――反響はいかがですか。

河上:年配の方から激励のお手紙などを頂戴しました。若い人たちよりも、今生きている世界のあり方を真剣に注視していらっしゃるんだなと感じています。奈良女(奈良女子大学)の学生たちが読んだかはわからないです。うちの大学生協は教員執筆図書を置いていないので(笑)

 新書をお送りした研究者の方々からは、よく頑張った! というお言葉とともに3、4点ほど正誤表も頂戴しました・・・・・・。また日本史と中国史の若手の方々が書評会を開いて下さいました。まだまだ勉強するべきことがあると気づかせてもらい、学問の海の広さ深さにあらためて敬意を抱いています。

――そもそもなぜ古代史研究だったのでしょうか。

河上:あまり、考えたことはありませんね。研究者自体を志したのは小学校の時でした。卒業文集に、いつかエジプトのピラミッドを発掘して、そのピラミッドの罠にかかって死ぬのが夢だと書きました。今思えば先生も困っただろうなぁ、と思います(笑)

 大学に入ったときにも考古学を学びたかったのですが、ちょうど北海道大学が独自のフィールドを持っていな時期で、文献学を専攻しました。卒業論文を書く時には、本当は中世史をやりたかったのですが、中世史の先生に、「中世をやるなら古代をやってからこい」と言われました。古代の勉強がいつまでも終わらないので、中世史にはまだ進めそうにありませんが(苦笑)

――日本史と東洋史を融合したご研究ですが、それぞれの歴史研究に特徴があると思いますか。あるとすればどのようなことですか。

河上:先行研究を丁寧に、史料を厳密に読むという点では日本史も東洋史も同じです。ただ、それぞれの分野で史料の読みぐせは違いますし、それぞれの地域に特徴的な漢文もあれば、時代による文体などの変化もあります。読む史料で使うべきツールも異なりますし。そういう技術を身につける努力を日々続けています。

――北海道出身で、九州の大学院、現在は関西にご勤務です。中国にも1年間留学されていましたが、こうした移動について、研究するうえでのメリット・デメリットはありますか。

河上:北海道で育ちましたが、雪が嫌いなので九大の大学院に進学したときは嬉しかったです(笑)。毎日のように、福岡市内を友達と自転車で走り回りました。福岡はご飯も美味しくて。でも、一番よく食べたのは上海留学時代でしょうか。史料でしか知らない食べ物に出会うのは本当に楽しかったです。

 関西に来る前には北米のトロントとロサンゼルスにいましたが、あまり美味しいものがなくて。史料に出てこない食べ物には興味もいだけませんでした。帰国してから食に対する興味は益々増えましたよ。

 各地を転々としながら色々な大学に出入りしましが、それぞれの研究スタイルを学ぶことができたのも幸運でした。北大は文献史料に出てくる遺跡はないので、伝統的に法制史が強かったです。九大では東洋史・日本史・朝鮮史の垣根なく、本当に学際的な研究ができました。どこまでも視野が広がるようで、ものすごく楽しかったです。研究室の雰囲気も、それぞれ違っていて。皆さん個性的なのはどこでも同じですけれど。

 在学した大学や勤務する大学以外に、大阪大学や龍谷大学、京都大学人文科学研究所の研究会にも参加してきました。全く存在も知らなかった史料を読んだり、これ以上ないくらい緻密に史料を読んだり。仏教教学の研究者との研究会では、学生時代よりも一生懸命にノートを取っています。各分野の最先端をいく人々の指導を受ける機会を得たことはこの上ない僥倖です。また、若い頃から各地を転々とすることで、色々な遺跡を踏査できたのも大変幸運だったと思います。

――次のご執筆のテーマがあればお聞かせ下さい。

河上:大きなテーマとしては、五代十国から北宋にかけての東アジアについて勉強するつもりです。日本では、国風文化が花開く時代ですが、この間の東アジアの文化・政治・世界秩序の再編にとても興味を持っています。

 九大にいた頃は、科学研究費による寧波プロジェクトのおかげで九大周辺には宋・元・明代の東アジア交流史の研究者が集まっていて、その方達からたくさんのことを教えられました。学恩に報いるためにも、唐代より以降の勉強を始めたいとずっと思っていました。

 それから、史料に登場する食べ物についても、体力と食欲の続く限り、家族と一緒にあちこち食べ歩きをしながら勉強していくつもりです。

――最後に何かおっしゃりたいことがあれば是非に。

河上:最近、特定のイデオロギーを正当化するため、自分が欲しい情報だけを切り取る風潮が強く、とても危惧しています。歴史学は、政治の道具ではありません。歴史学とは、誠実に学ぶことで、自分が生きる世界の成り立ちを知ることができる学問です。人文学の根本をなす歴史学の面白さと重要性を、学界全体として、いろいろな形でもっと発信していかなければと思っています。

河上麻由子(かわかみ・まゆこ)

1980(昭和55)年北海道生まれ.2002年北海道大学文学部人文科学科卒業.08年九州大学大学院人文科学府博士後期課程単位取得退学,博士(文学).14年より奈良女子大学文学部准教授.専攻・日本古代史.著書に『古代アジア世界の対外交渉と仏教』(山川出版社,2011年).共著に『梁職貢図と東部ユーラシア世界』(勉誠出版,2014年),『日本古代のみやこを探る』(勉誠出版,2015年),『東アジアの礼・儀式と支配構造』(吉川弘文館,2016年),『日本古代の交通・交流・情報2 旅と交易』(吉川弘文館,2016年),『日本的時空間の形成』(思文閣,2017年)他多数.
(photos by Hikaru FUJII)