2019 05/22
著者に聞く

『古代オリエントの神々』/小林登志子インタビュー

トルコにて

いまから5000年前に文明が誕生したとき、すでに神々はいました。古代エジプトから、メソポタミア、ペルシアなどまで、オリエント世界各地に誕生した宗教とその神々について解説する『古代オリエントの神々 文明の興亡と宗教の起源』を刊行した小林登志子さんにお話を聞きました。

――古代メソポタミアの神と言えばギルガメシュが有名ですが、本書にはそれ以外にもたくさんの男神、女神が登場します。なぜこんなにたくさんいるのでしょうか。また、これらの神々の魅力とはなんでしょうか。

小林:一神教ならば、唯一神がすべてを掌握し、対立する神々を排除します。一方で、多神教は排除することはしませんから、多いままです。人間と神々の関係も一神教とは違い、時には人間が楽しむような儀礼があります。

本書で紹介しましたが、元来は古代オリエント世界に発する宗教儀礼であったものが、日本まで伝わった例も見られます。

――それらの神々のなかで小林さんがお好きな神はなんですか。また、どんなところに興味を持たれますか。

小林:「死んで復活する神々」に興味があります。これこそが古代オリエント文明の担い手たちが大切にした神々で、イエスもこれに連なります。日本の記紀神話に登場するイザナミも死んで冥界に行きますが、そこで常住する神になってしまい、復活する神ではありません。「死んで復活する神々」は、灌漑農耕社会に生きる人々が豊饒を願って祀った神々で、日本の神話には見られない種類の神々です。

――本書執筆の御苦労がありましたらお教えください。

小林:古代には多神教だったのに、西アジアは7世紀以降にほぼイスラーム世界に変容しました。それはなぜなのか。この疑問に答えたいと思っていました。

ユダヤ教、キリスト教そしてイスラーム教と古代の多神教の関係をわかりやすく紹介することに苦心しました。

――そもそも、なぜ古代メソポタミアについて研究しようと思われたのですか。

小林:古代ギリシア史に興味がありましたが、ギリシア語が難しく、あきらめました。『ギルガメシュ叙事詩』に関心をもっていましたし、指導教授が古代メソポタミア史が専門でしたので、文献がある程度揃っていたことが方向を決めました。

――研究に当たっての御苦労や思い出がありましたら、お聞かせください。

小林:歴史の研究は文献が必要です。専門書が日本では入手が難しく、入手できるとしても高価です。中近東文化センターが文献を収集し、閲覧できたことはありがたいことでした。

トルコ、エジプト、シリア、ヨルダンそしてエジプトなどは行きましたが、イラクは戦争続きで残念ながら行けませんでした。シリア領内からユーフラテス河を挟んで、対岸のイラクを見ただけです。

――読者、とくに若い人に伝えたいことがありましたらお願いします。

小林:古代オリエント史を専門にしても、仕事は得られないと、若い頃に指導教授にいわれました。同時に好きならば、勉強を続ければ良いともいわれました。

それで、一生続けました。楽ではありませんでした。ですが、反省することはあるにせよ、後悔することなく面白い人生を送ることができたように思います。

小林登志子(こばやし・としこ)

1949年,千葉県生まれ.中央大学文学部史学科卒業,同大学大学院修士課程修了.古代オリエント博物館非常勤研究員,立正大学文学部講師,NHK学園講師等を歴任.中近東文化センター評議員.日本オリエント学会奨励賞受賞.専攻・シュメル学.
著書『シュメル―人類最古の文明』(中公新書,2005),『シュメル神話の世界』(共著,中公新書,2008),『文明の誕生』(中公新書,2015),『人物世界史4 東洋編』(共著,山川出版社,1995),『古代メソポタミアの神々』(共著,集英社,2000),『5000年前の日常―シュメル人たちの物語』(新潮選書,2007),『楔形文字がむすぶ古代オリエント都市の旅』(日本放送出版協会,2009)ほか.