2018 09/20
私の好きな中公新書3冊

文豪たちの世界へ/石井千湖

竹内洋『教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化』
高橋睦郎『漢詩百首 日本語を豊かに』
河合祥一郎『シェイクスピア 人生劇場の達人』

わたしにとって中公新書は、"そういえばこのテーマについて何も知らない!"と気づいたときに助けてくれる存在。泥縄勉強の友だ。海外旅行の前には『物語○○の歴史』シリーズを買うし、苦手なジャンルを学ぶ必要にせまられたら、ラインナップに良い入門書がないか探す。

1年半ほど前に日本の文豪のことを興味本位で調べていたところ、いつのまにか仕事としてがっつり取り組む羽目に陥ってしまった。いまも参考文献を繙くたびに知識の乏しさに打ちのめされるが、知らないことを知ること自体はすごく楽しい。というわけで今回選んだのは"文豪たちの世界にちょっと近づけたかも?"と感じた3冊だ。

まずは『教養主義の没落』。近代文学作品を読んでいて、いまひとつピンとこないのが、作者と登場人物の教養主義だ。文学青年はなぜたくさんの本を読み、思索することに価値を置いたのか。本書の著者は、教育制度と学生文化の変遷を解説しながら考察していく。特に第3章の「東京帝国大学卒業生進路(1911年)」という統計と、文科大学生の出自の話がおもしろかった。

明治大正の文豪には、漢文の素養のある人が多い。なんとなく基本をおさえたいなと思って手にとったのが、『漢詩百首』。中国の詩人60人、日本の詩人40人の詩を厳選して読み解いたアンソロジーだ。森鷗外や正岡子規、夏目漱石、永井荷風の漢詩も入っている。〈和歌がひたすら恋をうたうのに対して、漢詩はもっぱら友情を述べる〉というくだりに深く納得。文豪たちの友情がいろんな意味で濃くなりがちなのは、漢詩の影響もあったのだろう。

日本だけではなく世界の文豪に影響を与えている文豪オブ文豪といえば、シェイクスピア。『シェイクスピア』は、彼がどのような人だったのか、どんな作品世界を描いたのかを教えてくれる。テクストに隠されたトリックについて、具体例をもとに解き明かす第4章「シェイクスピア・マジック」と、心の目で真実を見るという発想の源をたどる第7章「シェイクスピアの哲学」に瞠目した。先人が古典を残し、受け継いだ人が「読み」を蓄積してきた延長線上に自分もいるのだと思う。

石井千湖(いしい・ちこ)

1973年佐賀県生まれ。書評家、ライター。早稲田大学卒業後、書店員を経て、現在は書評とインタビューを中心に活動し、多くの雑誌や新聞に執筆。著書に『文豪たちの友情』(立東舎)、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』(どちらも立東舎)がある。