2018 08/15
私の好きな中公新書3冊

「基準点」へと立ち戻る/星野太

松永昌三『福沢諭吉と中江兆民』
桜井英治『贈与の歴史学 儀礼と経済のあいだ』
藤原辰史『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』

今回の原稿依頼を受けて、自宅と研究室にある中公新書のコレクションを眺めてみた。そこからほぼ直感的に抜き出したのが以上の3冊である。いずれも自分の専門分野とは直接重ならないが、折にふれ手に取っては読み返す、大切な本ばかりだ。

この3冊に限ったことではないが、わたしの中公新書に対するイメージは、文章を読み、書くうえでのひとつの「基準点」のようなものである。つねにほどほどの分量、平易な文体で、ある特定のテーマについての過不足ない知識を提供してくれる──そんなお手本のような著作が多いからだろう。

職業柄、わたしの一日の仕事の大半は、他人の書いたさまざまな種類の文章を読む時間に費やされる。日本語はもちろん外国語の書物、学生の(しばしばユニークな)レポート、事務から届く(独自のルールを備えた)書類や会議資料、さらには多種多様な用件を伝えるメールに日々目を通していると、ときどき言葉というものが何なのかわからなくなる。そんな文字の洪水のなかで「基準点」を見失わないようにするためには、中公新書の歴史関係の書物に一日数ページでも目を通すことが、存外有効である。そんな次第で、くりかえし通読するわけではないが、しかし頻繁に書架から取り出して目を通す、そんな3冊を選んでみた。

星野太(ほしの・ふとし)

1983年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、金沢美術工芸大学講師。著書に『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)、共訳書にカンタン・メイヤスー『有限性の後で』(人文書院、2016年)など。