2018 03/28
私の好きな中公新書3冊

高校世界史の用語を深める三冊――その希望と絶望を考えながら/柳原伸洋

吉田進『ラ・マルセイエーズ物語 国歌の成立と変容』
芝健介『ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』
吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』

世界史の教科書に列記されている歴史用語。無味乾燥な感じを受けるが、これらの単語の内実には、無数の人びとの希望や高揚、絶望や悲哀が満ちている。教科書レベルの知識を深め、かつ読者の心に根づかせてくれる、そんな三冊を紹介したい。

フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は、「ライン軍のための軍歌」として1792年にストラスブール市で生みだされ、現在はマルセイユの名を冠す。これを聞けば、読者は多くの「?」を抱かれることだろう。これらの謎に、驚異的な執念をもって取り組んだのが、吉田進『ラ・マルセイエーズ物語』だ。軍歌から革命歌となったこの曲は、市街・戦場を問わず、人びとの高揚感を支えるために歌われ(あるいは禁止され)てきた。フランス革命、そして国民と国家について考えさせられる好著である。

誰もが知る単語「ホロコースト」。だが、「悲惨な出来事」としての単なる暗記用語で止まっていないだろうか。芝健介『ホロコースト』は、背景としての反ユダヤ主義、ヒトラー政権下の政治、収容所という設備、そして総合的なメカニズムまでを丁寧に追った一冊である。ホロコーストは、遠い地で、遠い過去に起きた出来事に留まらず、現代の「わたしたち」へとつながる歴史だといえる。本書を読めばその膨大な死者数に激しい恐怖を抱くだろうが、歴史知としてホロコーストを感得するためには必読の書だ。

吉田裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』は、大量死としての戦争の実態を多面的に提示している。「勇敢な兵士」そして「名誉の戦死」という戦中の宣伝、そしてこれを受け入れたい(受け入れざるをえない)という思いは戦後も継続し、むしろ昨今は誇張されすぎてはいないだろうか。そこで本書は、「戦場の凄惨な現実を直視する必要があるのだ」という「思い」から書かれている(212頁)。ここで叙述される兵士の生き様と死に様は、飢え、マラリア、精神神経症、自殺、虫歯、薬物依存、そしてリンチにまで及ぶ。戦地での兵士の息づかいと恐怖や絶望、そして何よりも彼らの「生きのこりたい、死にたくない」という気持ちに寄り添える一冊だろう。

柳原伸洋(やなぎはら・のぶひろ)

東京女子大学・歴史文化専攻准教授。
1977年京都府生まれ。北海道大学文学部、東京大学大学院総合文化研究科修士・博士課程、在ドイツ日本大使館専門調査員、東海大学文学部専任講師を経て、2017年より現職。共著に『日本人が知りたいドイツ人の当たり前』(三修社、2016年)、共編著に『教養のドイツ現代史』(ミネルヴァ書房、2016年)ほか。ペンネーム・伸井太一として、編著に『第二帝国』上巻・下巻(パブリブ、2017年)や単著『ニセドイツ』1~3(社会評論社、2009、2012年)など。