2018 03/15
私の好きな中公新書3冊

人人本――人間のかっこよさ、ダメダメさ/金井真紀

田澤耕『〈辞書屋〉列伝 言葉に憑かれた人びと』
佐山和夫『黒人野球のヒーローたち 「ニグロ・リーグ」の興亡』
加賀乙彦『死刑囚の記録』

「1冊のなかに、いろいろな人が出てくる本が好き」と言ったら、文筆家の南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)さんが「俺も俺も」と身を乗り出して、そういう本を「人人本(ひとひとほん)」と命名してくれた。むふふ、いい響き。縦書きにすると左右対称になる字面もいい。

人間のすばらしさだけじゃなく、頑固さ、酔狂、意地悪、ダメダメなどが詰まっている「人人本」は、とりわけうれしい。では、中公新書の忘れ得ぬ「人人本」は――。

『〈辞書屋〉列伝』は、辞書を編むという壮大なプロジェクトに挑んだ"変人たち"の記録。副題に「言葉に憑かれた人びと」とあるが、言葉という魔物に魂を奪われていく過程がすさまじい。損得を考えずに生きる"大馬鹿者"にだけ見える風景があるんだなぁ。日本初の本格的な国語辞典『言海』を著した大槻文彦のお父さんが、息子たちに言った「お前たちには睾丸をくれてやったのだから、それぞれ勝手に志を立てるがよい」というフレーズが、かっこいい。

アメリカでは、20世紀半ばまで黒人と白人が一緒に野球をすることは許されなかった。そこで作られたのが黒人だけの「ニグロ・リーグ」。『黒人野球のヒーローたち』には、時に痛快に、時に悲哀とともに活躍した黒人リーグの選手たちが活写される。挿入される小さなエピソードも印象深い。たとえばジョシュという稀代のホームランバッター。1日に2試合こなしてホテルに戻ったあと、窓の外に草野球に興じる人が見えた。いても立ってもいられず駆けつけて仲間に入れてもらった――。ふふ、ほんとうに野球が好きな人だ。

『死刑囚の記録』は、東京拘置所の精神科医官だった著者による死刑囚たちの観察記。「自分は無実だ」という妄想に染まっていく者、必死に陽気な態度で過ごす者、宗教に救いを求める者......極限状態での人間の姿が重い。そして、なぜだろう、とても惹かれる。きっと、どれもが自分の奥底にある要素だからなんだろうなぁ。

金井真紀(かない・まき)

1974年生まれ。作家、イラストレーター。任務は「多様性をおもしろがること」。著書に『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』(皓星社、2015年)、『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(皓星社、2015年)、『はたらく動物と』(ころから、2017年)、『パリのすてきなおじさん』(柏書房、2017年)、『子どもおもしろ歳時記』(理論社、2017年)。
(photo by Shiori ITO)