2018 02/14
私の好きな中公新書3冊

文学から都市を愉しむ/荻原魚雷

菊盛英夫『文学カフェ ブルジョワ文化の社交場』
上岡伸雄『ニューヨークを読む 作家たちと歩く歴史と文化』
川本三郎『銀幕の東京 映画でよみがえる昭和』

 ユニークな文学が生まれる背景には、目まぐるしく変化する都市の影響がある。町のエネルギーが作家に活力を与え、数々の名作を世に送り出してきた。

 菊盛英夫の『文学カフェ』は、十七世紀以降のヨーロッパのカフェが文化に与えた影響を論じた一冊。カフェは新しい文学、芸術、思想を育て、時には反権力の場にもなった。

 ロンドンのコーヒーハウスからはデフォーの『ロビンソン・クルーソー』やスウィフトの『ガリヴァー旅行記』が生まれた。パリのカフェではデュマとバルザックが仔牛のシチューをめぐって「料理論争」をしていたとき、その傍らで詩人のミュッセがそれを食べていた。あとがきには昭和はじめに著者が通った日本の"文学カフェ"のことも――。

 上岡伸雄の『ニューヨークを読む』は、文芸作品を読み解きながら、マンハッタン島の歴史を浮び上がらせる手法が鮮やか。ホイットマンの『草の葉』やアルジャーの『ぼろ着のディック』は、いずれもニューヨークが舞台の作品で、移民文化や町の発展の様が随所に描かれている。摩天楼やブロードウェイの輝きもあれば、人種差別や貧困もある。渾沌とした大都会とそれに抗う個人という構図もニューヨークの文学の魅力だろう。

 川本三郎の『銀幕の東京』は、昔の東京を記録した映画を通して、今は失われた町並を味わう愉しみを教えてくれる。芝木好子原作、川島雄三監督の『洲崎パラダイス 赤信号』、川口松太郎原作、野村浩将監督の『愛染かつら』、林芙美子原作、成瀬巳喜男監督の『晩菊』といった文芸映画も昭和の東京が舞台である。スクリーンの中には小説を読んでいるだけではわからない、当時の銀座、新橋、上野、浅草の風景が残っている。

 中公新書は緻密な時代考証にくわえて、貴重な絵や写真、地図などの図版がたくさん収録されているのもありがたい。もちろん、今回の三冊もそう。

荻原魚雷(おぎはら・ぎょらい)

1969年三重生まれ。大学在学中からライターの仕事をはじめ、一度も定職に就くことなく、現在に至る。著書に『本と怠け者』(ちくま文庫)、『閑な読書人』(晶文社)、『日常学事始』(本の雑誌社)などがある。