2017 08/31
知の現場から

加藤徹の仕事場

京劇の俳優たちのサインの入った月琴(げっきん)とともに。

 学生時代は「票友」(アマチュア京劇俳優・楽器奏者)として舞台上演や日本語京劇の創演に参加、その後は京劇研究の傍ら小説や、『西太后(せいたいこう)』などの教養新書から漢文にまつわる啓蒙書の執筆、そのほかNHKのラジオ番組「レベルアップ中国語」で講師を務めるなど、活躍の幅が広い加藤さん。
 仕事場である、明治大学和泉キャンパス(東京都・杉並区)を訪ねた。

 研究室に足を踏み入れると、大きな琴がまず目に飛び込む。そのほかにも楽器、所狭しと並べられた書籍、さらにカセットテープやCDなどもそこかしこにある。カセットテープは「中国に留学しているときに買ったものが多い」のだそう。「最近はインターネットで視聴できますけどね。なかなか捨てられなくて」

研究室に通されるとさまざまな見慣れない品物を紹介してくださった。アコーディオンですか? と尋ねるとアコーディオン族の「コンサーティーナ」という楽器なのだそう。「学生にも披露します」。息抜きは楽器の演奏、という。

 なぜ中国文学研究の道に進まれたのですか?

「もう他界しましたが、父が詩吟をたしなんでいたことが中国を身近にしたと思います。それから井上靖氏の『敦煌』や陳舜臣先生の本を読んでいて、中国に関心がありましたね。あとは、1980年代当時、中国語の需要も高まっていたので、就職に困らなさそうだと考えたような気もします」

 その中でも”京劇”を選ばれたのにきっかけなどはありますか。

「はじめて京劇を生で観たのは大学1年生の時ですが、それ以前から近所の図書館にあった京劇のレコードを聴いていました。あの”ツァンツァンツァン”というリズムに惹かれましてね……」と嬉しそうに語る。

「最初は購入する側だった京劇のパンフレットですが、今では執筆する側になってしまいました(笑)」。

 普段はどのようなスタイルでお仕事をなさっていますか?

「ものを書くのは自宅と大学、半々くらいです。過ごしやすい季節は自宅が増えますし、保管している資料に研究室と自宅でなんとなく棲み分けがあるので、原稿の内容にもよります。研究室も自宅も散らかっているので、持っているはずの本を図書館で探すこともあるのですが(笑)。最近はインターネットが発達してありがたいですね。紙の書類だとなくすこともあって。自宅にもパソコンが個室、リビング、寝室のそれぞれにあるのですが、クラウド上に保管していればどのパソコンでも仕事が出来ますしね」と常に仕事をしているご様子。

「朝晩も関係ないですね。大学の授業や会議の時間帯にばらつきがあるので、その合間にという形です」

 趣味を尋ねると「趣味にはお金をかけないですね。気分転換に楽器を弾くとか、自宅の近くを自転車で少し走るとか、それくらいでしょうか」という。

普段はパソコンが正面、中国語などの紙の資料を左において執筆なさっているそう。

 

研究棟の応接スペースでインタビューに応じてくださる加藤さん。

 中国へ行くときは、どれくらい滞在されることが多いですか。

「京劇の研究は、北京が中心ですので、特に長期で滞在する必要はありません。イベントや学会に合わせて行くことが多いですね。長くても夏休みなどに3週間程度でしょうか」

 現在のお仕事をお教えくださいますでしょうか。

「原稿という意味でいうと、戦後の日中外交のことを書いています。詳しくは書き終えてからにしてください(笑)。来年、サバティカル(研究休暇)を取得予定ですので、抱えている仕事を形にせねば、と思っているところです」

江戸時代(安永年間)の『唐詩選唐音』。漢詩の原文に中国語の発音をカナでふった本。「京劇を研究している、と言うと中国人にさえ驚かれますが、江戸時代に中国語をどう発音していたか研究している方が京劇よりマイナーですよねえ。でも研究なんて本来誰もやっていないことをやるようなものでしょうかね」

「京劇のほかには、日本での中国文化受容史も研究していまして、江戸時代に中国語がどう学ばれていたか研究したり、江戸時代に入ってきた中国の楽譜からどう演奏されていたのか調べ、五線譜に復元したりしています」

お土産物の京劇のお面。加藤さんの研究室には見慣れないものがたくさんあった。

 京劇の研究も、江戸時代の中国文化受容も、研究するとつながっていく、昔の作法や美意識がわかりとても面白い、と研究について愛情たっぷりにお話ししてくださった。

 書籍や楽器が雑多に並ぶ「知の現場」こそが、加藤さんの研究につながりをもたらしているのかもしれない。

加藤徹(かとう・とおる)

1963年、東京都に生まれる。東京大学文学部中国語中国文学科卒業。同大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。90~91年、中国政府奨学金高級進修生として北京大学中文系に留学。広島大学総合科学部助教授などを経て、現在明治大学法学部教授。専攻、中国文学。『京劇』で第24回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞。
著書に『京劇』(中公叢書)、『漢文力』(中公文庫)、『漢文の素養』(光文社新書)などがある。