2017 08/21
著者に聞く

『海賊の世界史』/桃井治郎インタビュー

北アフリカ・モロッコにて

映画やマンガで大人気の海賊たち。彼らは、いつ生まれ、どんな存在として国家や社会にみなされてきたのでしょうか。『海賊の世界史』著者の桃井治郎さんに話を聞きました。

――そもそも、なぜ「海賊」あるいは「海賊の世界史」に関心を持たれたのでしょうか。

桃井:もともとは、19世紀の北アフリカとヨーロッパの国際関係史を研究していました。その中で、地中海では19世紀初頭まで北アフリカの「バルバリア海賊」が存在し、その廃絶をめぐる外交史がとても興味深く、その政治過程を研究テーマとしたのがきっかけでした。

海賊は、秩序に反逆し、正史の上では消えていく存在ですが、それだけに海賊という存在から世界史を読み直したらおもしろいのではないかと考えました。

実際には、海賊は、時代によって「英雄」であったり、「人類共通の敵」であったりして、その時代を映しだす鏡のようでもあり、ますます海賊の存在に興味を持ちました。

――本書は海賊の歴史をたどると同時に、「どんなルールで国際秩序が保たれていたか」の変遷をたどる本でもあります。この「国際秩序」のあり方について、どのようにお考えですか。

桃井:たとえば、さきほどの「バルバリア海賊」の例でいえば、ヨーロッパでナポレオン戦争が終わった19世紀初頭に、ウィーン体制の下で「バルバリア海賊」の廃絶の決議がなされ、実行されました。

従来の国際政治史の上では、大国の協調に基づくウィーン体制は、現代まで続く国際社会の揺籃期として好意的に評価されています。しかし、その同じ19世紀に、ヨーロッパ諸国は非ヨーロッパ諸国を次々に植民地化したという歴史もあります。

19世紀に起きたこの2つの出来事は、コインの裏表の関係だと考えます。つまり、ヨーロッパで国際社会が形成された結果、国際社会の内外を線引きする国際秩序が形成され、国際社会内では互いの主権を尊重する「寛容」原理が適用されたのに対して、国際社会外には自らの規範やルールを強要する「文明化」原理が適用されることになりました。その象徴的事件のひとつが「バルバリア海賊」の廃絶だと思います。

国際政治において、何を正義とするか、誰が正義を定めるのか、どのように正義を適用していくのかというのは、大きな問題です。こうした国際政治に潜む正義と秩序の問題を意識化することは、テロリズムが深刻化する現代の国際政治を考える上でも、大切なことだと考えています。

――本書の見どころをお教えください。

桃井:本書では、ギリシア文明の時代、パクス・ロマーナの時代、ゲルマン民族の大移動、オスマン帝国とヨーロッパが衝突したレパントの海戦、スペインの新大陸進出、大英帝国の構築、ウィーン体制の成立など、世界史上の大事件を取り上げています。ただし、海賊の視点から世界史を読み直し、従来の世界史とは異なる「もうひとつの世界史」を綴りました。

また、歴史上実在の海賊であるバルバロッサ兄弟やフランシス・ドレーク、ヘンリー・モーガン、キャプテン・キッド、黒ひげティーチ、女海賊のアンとメアリ、バーソロミュー・ロバーツなどの有名な海賊も登場します。
海賊好きの方にも、世界史好きの方にも、ぜひ、ご一読願えればと思います。

――地中海やカリブ海など、あちこちに出かけられていますが、とくに印象深かったところはどこですか?

桃井:普段は、文献や史料を研究室で読んでいますが、歴史の現場に立つと、やはり、その当時の人びとの様子が目の前に広がってきます。

たとえば、本書にも写真を掲載しましたが、アルジェリア・ティムガッドのローマ遺跡には、石畳に馬車の轍の跡がくっきりと残っていますし、あるいは、モーガンに襲われたパナマのポルトベロやパナマ旧市街の廃墟に立つと、その恐ろしさも蘇ります。

あと、はじめてカリブ海方面に行ったときには、海や砂浜や空の美しさに感動しました。コロンブスの船団がやってきたときに、ここを楽園だと考えたのも無理はないなと実感しました。見慣れていた静かな地中海とはまったく違い、それぞれの海にはそれぞれの美しさがあると感じました。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

桃井:僕自身が、これまで、中公新書をはじめとする新書から多くのことを学んできました。今は、インターネットなどのメディアが発達して、特に高校生や大学生などは以前よりも新書を読まなくなってしまっている気がして、とても残念に思っています。海賊への興味でも、世界史の勉強のためでも、きっかけは何でもかまいませんので、ぜひ本書を手に取り、また、それぞれの知的好奇心に従って、さまざまな良い本を読んでほしいと願っています。

また、読書家のみなさまにも、通常とは異なる世界史として『海賊の世界史』にご関心をお寄せいただければと願っております。

桃井治郎(ももい・じろう)

1971年、神奈川県生まれ。筑波大学第三学群社会工学類卒業、中部大学大学院国際関係学研究科中退。博士(国際関係学)。中部高等学術研究所研究員、在アルジェリア日本国大使館専門調査員などを経て、現在、中部大学国際関係学部准教授。専攻・国際関係史、マグレブ地域研究、平和学。著書に『アルジェリア人質事件の深層』(新評論、2015年)、『「バルバリア海賊」の終焉』(中部大学、2015年)、『近代と未来のはざまで』(共編、風媒社、2013年)。