2017 06/26
私の好きな中公新書3冊

大人の世界を垣間見た日/中野京子

会田雄次『アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界
三田村泰助『宦官 側近政治の構造
河原温『ブリュージュ フランドルの輝ける宝石』

高校時代、田舎の小さな書店には新書の棚など無かったような気がする。いや、そもそも新書を読むのは大人の男性だけと思い込んでいた気もする。

そのため記憶にある我が新書事始めは、父の本棚にあった『アーロン収容所』。アーロンがどこか知らぬまま、「巌窟王」のような手に汗にぎる脱走ものに違いないと予想して読み始めたら、戦争捕虜体験に日本人論が加味された刺激的作品で、寝る間も惜しんで夢中で読み終えた。強烈な印象として残ったのは、イギリス人女性が日本人男性の目の前で裸になっても全く平気であり、それは犬の前で服を脱ぐのと同じ心理という箇所だった。西洋史に興味を持つきっかけとなった大事な本。後に文庫化され、何度か読み返している。名著は古びない。

『宦官』を読んだのは、オペラの本を出版するようになってからだ。カストラート(去勢歌手)について調べている時、同じような立場に置かれた中国の宦官制度にも興味を持ち、古典とされている本書を手にとった。カストラートは大人になってもボーイソプラノを維持するための芸術的な目的、宦官は皇帝の実子以外の子が産まれぬようにとの政治目的から行われたわけだが、そうした運命に置かれた人間が、かたやスーパースターとなって音楽界を席巻し、かたや政治の中枢で権力を握るという、逆転劇のありように人生の不思議を感じた。

比較的新しいところでは、『ブリュージュ』が読み応えあった。ベルギーの古都ブリュージュにぎっしり詰まった歴史と芸術が懇切丁寧に繙かれる。絶版は残念。ぜひ復刊してほしい。

中野京子(なかの・きょうこ)

作家、独文学者。著書「怖い絵」シリーズを元にした「怖い絵展」が、2017年夏に兵庫県立美術館(神戸)で、秋からは上野の森美術館(東京)で開催予定。