2017 05/23
私の好きな中公新書3冊

「自分の知らない領域の知」への凄腕案内人/増田聡

野崎昭弘『逆説論理学』
名和小太郎『サイバースペースの著作権 知的財産は守れるのか』
北岡正三郎『物語 食の文化 美味い話、味な知識』

母は中学の数学教師で家には数学関連の新書が並んでいた。無味乾燥な数学書には全く読む気をそそられなかったが、『逆説論理学』だけは別格だった。「世界最小の電子計算機」や「無限の部屋を持つホテル」といった反常識的コンセプトとその論証は、屁理屈をこねては叱られていた小学五年生を魅了し、論理の力で堅牢な世界をぐにゃぐにゃと作り変えることの愉悦を教えてくれた。今のふざけた私があるのはこの本のおかげである。今年新装版で出た同じ著者の『詭弁論理学』も面白いが、こちらの方が個人的には印象深い。

ちょこちょこと著作権の勉強をしていた大学院生の頃に出会った『サイバースペースの著作権』は、説教くさいそれまでの著作権書と一線を画した異彩を放っていた。エンジニア出身の法学者である著者はアメリカの判例を縦横に引き、技術と法と文化の摩擦をダイナミックに描き出す。著作権関連書が激増した現在でも依然として触発的な本だが、なにより惹かれたのは(『逆説論理学』とも共通する)随所に溢れるユーモアである。同じ著者の『技術標準対知的所有権』もおすすめ。

中公新書といえば、重厚な知的成果をぎゅっと詰め込んだ「超新書」級のタイトルがちらほらとあり、つい手が伸びてしまう。近年のお気に入りは『物語 食の文化』。食材から調理、東西の食文化に至る知見に一冊で触れることができる享楽は、本を読むたびに新たな世界が拡がっていった子供の頃の感覚を呼び起こす。私にとっての中公新書のイメージは、自分の知らない領域の知への凄腕案内人、とでもいえようか。自分の専門分野の読書に疲れると手を伸ばし、別の世界で遊んでしまうのだ。

......というわけで私の専門である音楽書について挙げられなかった。中公新書の音楽書や美学関連書は名著揃い(とりわけ90年代以降)で三冊にはとても収まらない。専門家としてはどれも面白いので手当たり次第に読んでください、と言っておきます。

増田聡(ますだ・さとし)

1971年北九州市生まれ。大阪市立大学大学院文学研究科准教授。2000年、大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。鳴門教育大学助手などを経て現職。専門は音楽学、メディア論、ポピュラー音楽研究。著書に『その音楽の〈作者〉とは誰か』(みすず書房)、『聴衆をつくる』(青土社)など。