2017 06/05
私の好きな中公新書3冊

ボディーブロー三連発/伊藤亜紗

本川達雄『ゾウの時間ネズミの時間』
佐々木健一『美学への招待』
川喜田二郎『発想法』

『ゾウの時間ネズミの時間』は中学生のときに読んだが、その衝撃は今の今まで続いている。時計で測れば同じ1秒でも、体の大きいゾウにとってはゆっくりと、逆に小さいネズミには速く感じられる。時間のように客観的だと思われるものでも、体が変われば感じ方が変わる。「自分と違う体」を感じる面白さを教えてくれた一冊。生物学者特有の(?)飄々としたノリにもぞくぞくした覚えが。残念ながら手元にあるのは中学生のときに読んだ版ではなく、2013年に発売された第69版。帯の背表紙の部分に書かれた惹句「ドキドキです。」が慎ましくて好き。どんな動物も、心臓の拍動二〇億回分、それぞれの時間感覚で生きて死ぬ。

と思って『美学への招待』を開くと、同じようなことが書いてある。「アンダンテは『歩くような』という意味です。もちろん、早足のひともいれば、ゆっくり歩くひともいます。早足のひとにとっては、その早足の速さがアンダンテであり、ゆっくり歩くひとにはその速度がアンダンテです。これをメトロノーム記号で数値的に固定して表示するのは、誤った考え方です」(136頁)。こんな何気ない一節にも漂う、「魂の自由さ」とでも言うべき率直さが本書の魅力。「美学」とは芸術や感性について哲学的に考察する学問領域(私の専門)で、本書はその第一人者による入門書。しゃちこばった古い学説の紹介ではまったくなく、自分の体や感覚を使って生き生きと感じながら考える豊かさを教えてくれる。読むと頭の中の風通しが良くなった気がする。

『発想法』は、言わずもがなの名著。「イノベーション」という言葉がビジネスの世界を埋め尽くす半世紀も前から、必要なことはすべてここに書いてあった。いかに深いレベルで創造的な「分かった!」に到達するか。私は自分が学生に教える立場になって、初めてこの本を読んだ。

伊藤亜紗(いとう・あさ)

1979年生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学三年次より文系に転向。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を単位取得のうえ退学。博士(文学)。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『目の見えないアスリートの身体論』(潮出版)、『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)など。