2024 12/26
著者に聞く

『グリーン戦争―気候変動の国際政治』/上野貴弘インタビュー

2015年、フランス・パリで開催されたCOP21での一枚

長引く猛暑やゲリラ豪雨、生態系の変容など、気候変動は人類共通の課題です。各国も温室効果ガス削減を目標に掲げてパリ協定に合意しますが、利害が錯綜し、協定が頓挫しつつあります。『グリーン戦争―気候変動の国際政治』で環境外交の最前線を解き明かした上野貴弘さんに、今後の行方を聞きました。

――アメリカ大統領の座にドナルド・トランプ氏が再び就きます。1期目の2017年にもパリ協定の離脱を宣言するなど気候変動対策には頓着しない姿勢でした。トランプ氏の再選は、世界の気候変動対策にはどのように影響するでしょうか。

上野:本書は2023年末に初稿を書き上げ、その後、校正と並行しながら2024年4月末までの動きを反映しました。もちろん執筆時に選挙結果はわからないのですが、それでもトランプ氏が勝ったときに起きることは、ある程度は考察できます。そこで、米国をとりあげた第1章を中心に、トランプ氏が復権した場合の可能性を随所に織り交ぜました。

端的に言えば、パリ協定からの再脱退など国際協調に背を向ける動きを取るものの、バイデン政権下で成立した脱炭素への民間投資を支援する法律(インフレ抑制法)の全面撤回は難しく、その効果が残るので、米国の温室効果ガス排出量は減り続けると予想されます。ただ、2050年カーボンニュートラルの実現には届かない水準の排出削減に留まるでしょう。より詳しく知りたい方は、第1章をご覧ください。

――トランプ大統領の環境政策は日本にも影響が大きそうです。

上野:脱炭素化への反発は、米国のみならず欧州諸国でも強まりつつあり、これまでのように欧米がリーダーシップを発揮し続けることが難しくなっています。その結果、世界全体で取組みが減速しそうです。

ただ、日本は2050年カーボンニュートラルといった目標を掲げながらも、現実の政策は、脱炭素だけに振り切るのではなく、経済的な負担やエネルギー安全保障とのバランスを取りながら進めてきました。世界の現状を見るに、日本の中道的な進め方は適切だったと思います。

本書の終章でも述べた通り、日本の進め方はある意味で「中途半端」ともいえ、脱炭素を強力に推進すべきとする立場からは「化石燃料の温存」と批判され、気候変動は深刻な問題ではないとする立場からは「無用なコストをかけて経済を弱体化する」と苦言を呈されてきました。一方で、両サイドからの反発は、日本の政策が中道を行っている証でもあります。

米国がトランプ政権になっても、また、その後に再び民主党政権になった際にも、日本はいまの中道路線をぶれずに維持してほしいと期待しています。

――パリ協定では、各国が自ら削減目標を定めるNDC方式が採用されました。これでは目標到達にはほど遠いようにも感じますが、この方式は有効なものなのでしょうか。

上野:たしかにNDC方式では、世界全体の目標(産業革命前と比べて1.5~2℃以内の温度上昇に抑える)の達成が保証されません。実際、各国のNDCを世界全体で集計すると、2℃を大幅に超える見通しです。しかし、第2章で詳しく論じたのですが、この方式でなければ国際交渉での合意が難しく、不十分ではあるものの、何もないよりは良いと言えます。

パリ協定の限界は国際社会で強く認識されているので、それを補完する取り組みが貿易、金融、エネルギーの分野で進められています。もちろん課題は山積していますが、こうした補完的な協調の役割は大きいです。

――世界最大のCO2排出国・中国ですが、今後の行方をどのように見ているでしょうか。

上野:中国は世界最大の排出国であると同時に、電気自動車(EV)、太陽光パネル、風力タービンなど、脱炭素技術のグローバル市場で支配的な地位を占めています。各国がこの市場シェアのなかで脱炭素を進めると、どうしても中国製品に依存することになり、中国を利する側面があります。

第2章で少し触れたのですが、トランプ政権下の米国がパリ協定から脱退する隙を突いて、中国が主導権を握る可能性もあります。もちろん、それは中国にとって都合のよい形でのリーダーシップであり、従来の先進国主導とは質的に大きく異なるものになるでしょう。

近年、先進各国は経済安全保障の観点から中国製品への過度な依存を懸念し、クリーンエネルギー製品を自国や友好国から調達できるよう、サプライチェーンの多様化を協調して進めてきました。さらに米国とEUは、中国からのEV輸入に追加関税を課しています。

しかし、米国のパリ協定脱退と中国の主導権拡大により、先進各国の対中国の連携が難しくなり、供給国の多様化の実現は遠のくでしょう。脱炭素と経済安全保障のトレードオフは今後、一層困難な課題になるのかもしれません。

――最後に、本書をこれから読む読者へのメッセージをお願いします。

上野:気候変動は長期的に取り組みが求められる課題ですが、短期的な政治や外交の影響を受けやすく、これまでも情勢の変化に大きく揺さぶられてきました。しかし、2015年にパリ協定が採択されたことで、弱いながらも世界全体を束ねる軸ができました。その軸は、トランプ政権の復活でまた揺らぎますが、完全に崩壊することはないでしょう。

本書では、このぎりぎりのところで成り立っている国際協調の姿を描写しています。気候変動対策の行方を考える際の一助として、読んでもらえるとうれしく思います。

上野貴弘(うえの・たかひろ)

1979年,東京都生まれ.2002年,東京大学教養学部卒業.04年,東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士課程修了後,一般財団法人電力中央研究所に入所.現在,同研究所上席研究員.研究分野は地球温暖化対策.経済産業省及び環境省の各種検討会(カーボンプライシング,グリーン金融,移行金融など)の委員を務め,COP には通算16回参加.06~07年,米・未来資源研究所客員研究員.編著書『狙われる日本の環境技術―競争力強化と温暖化交渉への処方箋』(エネルギーフォーラム,2013年).共訳書『サステナブルファイナンス原論』(きんざい,2020年)