2024 04/28
著者に聞く

『化石に眠るDNA』/更科功インタビュー

白亜紀のアンモナイト。上段は縦断面で、内部構造が見えている。

近年、DNAの解析速度は飛躍的に向上し、かつては不可能だと思われていたことが次々と実現しつつある。となれば、恐竜やマンモスの復活も夢ではない? 現時点での達成と限界とは? 『化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか』を著した更科功さんに話を聞いた。

――更科さんのご専門は。

更科:私の専門分野は分子古生物学です。あまり聞いたことのない分野かもしれませんが、『ジュラシック・パーク』という映画をイメージしてもらえば良いかもしれません。化石の中からDNAやタンパク質を取り出して調べる分野です。ただし、私が実際に使っている化石は恐竜ではなく、じつは巻貝などの地味な化石です。

――DNAとは何なのか、かいつまんで教えていただけますか。

更科:DNAというのは分子の一種で、そういう意味では水や二酸化炭素と同じです。ただし、ものすごく大きな分子です。水の分子量は18、二酸化炭素の分子量は44ですが、DNAの中には分子量は1億を超えることが普通です。

DNAはヌクレオチドという物質が1列に繋がった、ものすごく長い構造をしています。ヌクレオチドが何千万個も何億個も繋がっていることもあります。その一つひとつのヌクレオチドの中に塩基と呼ばれる物質が一つずつ含まれています。塩基は4種類(アデニンとグアニンとシトシンとチミン)あるため、塩基だけに注目すると、DNA というものは4種類の塩基が1列に並んだものと見ることもできます。この塩基の並び方(塩基配列といいます)を、生物は情報として使っています。その情報にしたがって、生物の体は作られているのです。ですから、DNAは生物にとって非常に重要なものですが、物質として見れば、ただの分子に過ぎません。

――ご著書の副題は「絶滅動物は復活するか」です。絶滅動物の復活というとマイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』を思い出すのですが、あの作品の大ヒットは科学者にどのようなインパクトを与えたでしょうか。

帯の写真は恐竜トルヴォサウルスの骨格。

更科:『ジュラシック・パーク』はたいへんよく出来た小説でもあり、素晴らしい映画でもあると思います。しかし、あまりにもよく出来過ぎていたため、その内容に騙された科学者もたくさんいました。恐竜のDNAか、あるいは恐竜と同じくらい古いDNAがどこかに残っているのではないか、そんな夢を見てしまったのです。正直にいうと、私もそんな科学者の一人でした。でも、実際の古代DNAは、前述したように、せいぜい数百万年しか保存されません。恐竜のように1億年ぐらい昔の生物のDNAは残っていないのです。とはいえ、『ジュラシック・パーク』は科学にとって悪い影響しか与えなかったわけではありません。『ジュラシック・パーク』のおかげで、古代DNAの研究が盛んに行われるようになったことも事実です。

――古代DNAとは何でしょう。

更科:古代DNAというのは化石の中に含まれているDNAのことです。ただし、化石の中に含まれているDNAの大部分は、化石になった生物のDNAではなく、後から混入した細菌などのDNAです。そのため、混入したDNAを除いて、化石になった生物のDNAを見つけなくてはいけません。それは大変難しい作業で、20世紀における古代DNAの研究には失敗したものがたくさんありました。しかし、21世紀に入って技術が進んだため、混入したDNAをきちんと除くことができるようになり、古代DNAの研究は信頼できるものになりました。今のところ、もっとも古い古代DNAとしては、約200万年前のものが報告されています。

――ずばりうかがいますが、マンモスや恐竜など、絶滅動物の復活の可能性についてどう見ていますか。

更科:文字通りの意味での復活は不可能だと思いますが、条件付きであれば復活は可能だと考えています。マンモスを例にすれば、現在のところ永久凍土で発見されたマンモスであっても、まったく傷ついていない細胞は見つかっていませんので、マンモスを完全に復活させることはできません。マンモスを復活させるためにはDNAだけでなく、その周囲にある細胞質やお母さんマンモスの子宮なども必要だからです。しかし、ゲノム編集技術を使えば、マンモスと似たDNAを持ったゾウを現生のアジアゾウの子宮か、あるいは人工子宮で育てることは可能かもしれません。

――条件付きの復活は可能性があるのですね。今回、執筆にあたって工夫された点があれば教えてください。

更科:私は芥川賞作家である奥泉光氏の小説が好きで、とくに桑潟幸一という准教授が、たらちね国際大学で活躍(というか空回り)するふざけたミステリーが大好きです。工夫というのとは違うかもしれませんが、今回の本のたとえの部分などに、しばしば桑潟幸一先生の情けない行動を使わせて頂きました。

――ところで、更科さんは現在、美術大学で教えておいでですよね。どのような授業を?

大学の授業で使用している恐竜(ブラキオサウルスとティラノサウルス)の模型と学生が作った樹木。

更科:私の授業では、美術大学向けの特別なことはしていません。ただし、美大の学生さんは形や骨格に対して知識もあり興味も高いので、そういう好奇心に答えるような授業を心がけています。私が以前に授業をしていた他大学の生物学科の学生さんより熱心な学生さんもたくさんいます。

――今後の取り組みのご予定をうかがえますか。

更科:進化の世界を身近に感じてもらうために、ダーウィンの『種の起源』の解説書を書こうと考えています。『種の起源』の名前は知っている人は多くても、読んだ人は少ないと思います。それは本国であるイギリスでも同じで、『種の起源』は買っても読まれない本として有名だそうです。そこで、『種の起源』より分量が少なくて読みやすい解説書を書いて、それを読めば『種の起源』を読んだ振りができるぐらい内容を理解できる、そんな本を目指しています。

――ありがとうございました。

更科功(さらしな・いさお)

1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業勤務を経て、東京大学大学院に進み、理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。現在、武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学』で第29回講談社科学出版賞を受賞。他の著書に『爆発的進化論』『絶滅の人類史』『残酷な進化論』『若い読者に贈る美しい生物学講義』などがある。