- 2022 06/22
- 著者に聞く

後悔は苦々しく、恥ずかしく、できればしないで済ませたい感情です。しかし、後悔をしない日はありません。
この、やっかいな「後悔」について、『後悔を活かす心理学』を執筆した上市秀雄さんにお話を伺いました。
――本書は「後悔」をテーマとするはじめての心理学の新書ですが、私たちはなぜ「後悔」するのでしょうか。
上市:私たちが後悔するのは、何かと何かを比較し、「あっちを選んでおけばよかった」「〇〇しておけばよかった」などと考えたり、そのようなとらえ方をしたりするからです。
日常的に私たちは、意識的にあるいは非意識的に、何かと何かを比較しています。
その「何か」は何でもよく、人やモノのように具体的、現実的なものから、チャンスや将来のように抽象的、想像上のものまで多岐にわたります。
私たちは、そのような比較をすることによって、その「何か」にどのような価値や意味などがあるのかを判断し、その違いの原因などを把握・理解することで、新しい知識を得たり学んだりしています。つまり、何かと何かを比較することは、私たちが成長するためには必要不可欠なことと言えます。
しかしながら、そのような比較をするときに、「あっちを選んでおけばよかった」「〇〇しておけばよかった」というようなことを感じたり考えたりしてしまうと、「後悔」というネガティブな感情が生じることになります。
逆に、そのような比較をしたときに、「こっちを選んでおいてよかった」「××にならなくてよかった」と考えると、後悔ではなく満足や幸福感などを得ることができます。
つまり、何かと何かを比較した結果をどのようにとらえるかによって、私たちは後悔したり、あるいは満足したりしているのです。後悔しないためには、現状の悪いところではなく、良いところに目を向けるように心がけるとよいといえます。
――「やった後悔」と「やらなかった後悔」とでは、「やらなかった後悔」が後を曳くと本書中でお書きだったのが、印象的でした。
上市:私たちは、やったことや最後まで続けたことよりも、やらなかったことや途中でやめてしまったことの方を覚えている、あるいは思い出しやすいことが知られています。
やった場合は、何らかの結果がでていますし、「やる」と決めるときには強い動機もあるので、その理由も思い出しやすいのです。
それに対し、やらなかったことや途中でやめた場合は、結果が出ていないので、「もしやっていたら」「続けていたらどうなっていただろうか」ということが頭に浮かびますし、続けていた場合の理想的な結果も想像してしまいます。しかも「なぜやらなかったのか」「なぜ続けなかったのか」という理由は些細な理由であることも多く、思い出すことが難しいという傾向もあります。
それらのため、やった後悔よりもやらなかった後悔の方が、後を曳くということになります。
――ところで、心理学でいう「後悔」は、私たちが日常ぼんやりと思っている「後悔」とどうちがうのですか?
上市:基本的には同じです。
少し違うところは、私たちは後悔について個別に考えています。たとえば、「食べ過ぎ、飲みすぎで後悔した」、「無駄な遣いをした」など、個別の事象に焦点を当てて、「あのときどうすればよかったのか」、「これからどうすべきか」などを考えます。
それに対し心理学では、個別的に考えるのではなく、「後悔」という現象自体に焦点を当てて、「人はなぜ後悔するのか」、「どうすれば後悔しなくてすむのか」、「後悔した場合どうすればよいのか」などについて、様々な理論や実験結果に基づき、総合的に考えています。そうすることで、後悔の本質を明らかにすることができますし、後悔の本質が明らかになれば後悔が生じる様々な場面に適用できるということになります。
さらに「もし○○をしたら、どれくらい後悔するだろうか」という、実際には経験していない想像上の後悔、つまり予期後悔についても、後悔として取り扱っています。
私たちは普段「後悔=実際に経験したことに対するネガティブな感情」と考えていますが、心理学では、実際に経験したことだけでなく、将来おこるかもしれない想像上のことの両方を後悔として定義して、研究を進めています。そういう意味では心理学の方が、私たちが考えている後悔よりも、取り扱っている範囲は広いといえるでしょう。
――そもそも、なぜ「後悔」を研究テーマに選ぼうと思ったのですか。
上市:本書に掲載した図(略歴のすごろくの図)に描かれているように、私は浪人や留年、さらには社会人を経験した後で大学院に入ったりしました。自分の略歴を客観的にみると、失敗や後悔の多そうな人物のように、私自身も感じます。もちろん後悔した出来事が起こった当時はネガティブな感情をもちました。
しかしながらそのような感情はそのときだけで、その後は全くと言っていいほど後悔はしておらず、「これらの経験があったから、今の自分がある」と思っています。自分でもこのような人生を歩んでいるのに、後悔していないことが不思議でした。
それらとも関係しますが、後悔は悪いことだけではありません。適切に対処できれば、自分を成長させるものでもあります。
「まえがき」に書いたように、「小学校の夏休みの宿題」の出来事が私を大きく変え、成長させてくれました。
これらのようなことを知りたくて後悔に関する研究を始めました。
加えて、後悔することは良くないことと思っている人たちに、「後悔することは悪いことだけではない」「成長するために必要不可欠である」「適切な対処法を知っておけば問題ない」ということを伝えたかったことも研究動機の一つです。
――研究上の苦労や苦心がありましたらお教えください。
上市:幸福や満足などのポジティブな感情とは異なり、後悔のようなネガティブな感情は、人々の過去の不快な出来事や経験を思い出させることになります。そのため研究目的であったとしても、調査・実験に協力してくださる人は少ないですし、協力してくださったとしても、無回答の箇所も多くなります。
特に学校などでの調査の場合、学校生活や受験などに関してネガティブなことも聞くことになりますので、協力してくださる学校を見つけることは難しいです。幸いにも本研究目的に賛同してくださった学校がありましたので、進路等に関する後悔の研究を進めることができました。
この場をお借りして、調査・実験に協力してくださった皆様、生徒・学校関係者の皆様、後悔研究にご尽力してくださった皆様に感謝の意を表します。
――今後の研究の方向性についてお教えください。
上市:後悔研究については、様々な年代の方々、他国の方々にも調査・実験等をおこない、後悔研究をさらに進めており、現在データを分析中です。これから、人々の視線の動きや注視時間、体の動きなどの非言語的コミュニケーションをアイトラッキングカメラで測定するような方法を用いて、後悔を含む他の感情についても研究する予定です。
今まで行ってきた日常的な意思決定(消費者行動、進路決定など)だけでなく、社会的な問題(更生保護・支援関連、ワクチン接種行動、ハラスメントやいじめの問題など)についても、心理学的視点だけでなく、法的視点も考慮して、研究をしていきたいと思っています。
――最後に、後悔しがちな人にたいして、助言がありましたらお願いします。
上市:どのようなことであっても、良い面と悪い面が存在します。後悔しがちな人は、後悔したその出来事のよい面に着目する、つまり「こっちを選んでおいてよかった」「あのようにならなくてよかった」という考え方をするとよいと思います。逆に「こっちを選ばなければよかった」「あのようにならなかったので残念だ」と考えてしまうと、後悔が大きくなってしまうからです。悪い出来事に対しても、良い面を見つけるように心がけるとよいと思います。
もちろん本書の内容を行うことが難しいこともあるかもしれません。しかしながら、あらかじめこれらのことを知っておけば心構えもできますし、後悔したくないとき、後悔しているときなどに、役に立つことも多いと思います。
最後に、繰り返しになりますが、後悔することは悪いことではありません。自分をより高め、さらに成長するためにも必要なことです。自分で考えて、自分で決めて、悪い結果になったとしてもそれを受け止め、適切に対処する。そうすればその後悔は、必ず自分の糧となります。
「後悔は成長のもと」です。後悔を恐れずに、有効に活用しましょう。