2021 07/21
私の好きな中公新書3冊

笑顔は親しみやすく、中身は頑固であれ/周防柳

呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』
二木謙一『関ケ原合戦 戦国のいちばん長い日』
坂井孝一『承久の乱 真の「武者の世」を告げる大乱』

古い書籍観かもしれないが、新書は手こずるほうがいい。電車やベッドの中ではなく、ちゃんとデスクに灯りをともし、筆記具と付箋必携でのぞみたい。二、三時間で読み終わらせてくれなくていい。むしろ消化不良を起こして、二度読み三度読みするくらいがいい。笑顔は親しみやすいが中身はとてつもなく頑固な女の子、みたいであれ。中公新書はそんな思いにこたえてくれる本が多いから好きである。ということで、日本史もの――の中でも戦乱もの――を三冊挙げたい。

一冊目。呉座勇一さんの『応仁の乱』。ふつう戦記というのは勝者によって、都合のよい価値観をもって、後づけでつくられる。だからどうしても偏向しているのだが、本書は勝者でも敗者でもない、同時代の南都の僧侶の日記を主史料としている。すなわち、第三者による、真横からの目線である。これがすばらしい。応仁の乱は日本史の中でももっとも漠然としてわかりにくいといわれるが、それはこの乱を「一つの事件」としてとらえようとしてきたからではないかと、この本を読んで思った。「十一年間のちょっと特異な応仁時代」として眺めれば、風景が変わる。新しい歴史の見方を教わったことに感謝である。

二冊目は、二木謙一さんの『関ケ原合戦』。なにしろ構成が素敵なのだ。戦国のいちばん長い日の諸将の動きが、一人一章ずつ、刻々と、時計の針を刻むように記される。しかも、各章題のつぶやきがぐっとくる。「午前三時/しまった! しくじった(徳川秀忠)」、「午前四時/よし、一蓮托生じゃ(大谷吉継)」、「午後二時/敵中を突破せよ(島津惟新)」......。おそらく担当編集氏のアイデアなのだろうが、それに乗っかってお書きになれる著者の柔軟性よ。初めて出会ったとき、堅い歴史の本にここまで遊び心を発動できるかと感じ入った。刊行後時がたち、すでに品切れとのことだが、中公新書といえばまず思い出す本なのであえて挙げた(編注:8月下旬に中公文庫として復刊予定)。

三冊目は、坂井孝一さんの『承久の乱』。承久の乱もまた、いまだに全容が解明されず、定説をみない戦乱である。なにしろ首謀者である後鳥羽院の史料がない。あるのは鎌倉方のものばかり。院をとりまく公家たちの史料も少ない。日記などは肝心の日付に限って抜けている始末で、よほど鎌倉の目が恐かったらしい。となると、いかに欠落を補いつつ偏らぬ傍証を立てていくかが肝要となるが、この本はそのバランスがすぐれている。後鳥羽院、執権北条義時、そして将軍実朝の配分もよく、安定感をもって読める。私の新刊『身もこがれつつ――小倉山の百人一首』では、承久の乱がだいじな時代背景なので、たくさんの書籍を集めたが、新書の中では本書がもっとも信頼でき、いろいろ勉強させていただいた。この機会にお礼を申しあげたい。

周防柳著『身もこがれつつ――小倉山の百人一首』(2021/7、中央公論新社)

周防柳(すおう・やなぎ)

1964年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。2013年『八月の青い蝶』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同書は、2015年の広島本大賞「小説部門」大賞に選ばれた。2017年刊行の『蘇我の娘の古事記』は、同年上半期の「本の雑誌」エンターテインメントベスト10第1位。最新刊は『身もこがれつつ』。他の著書に『逢坂の六人』『虹』『余命二億円』『高天原』『とまり木』がある。

著者近影:浅野剛(撮影)