2021 03/17
著者に聞く

『カラー版 ラファエロ―ルネサンスの天才芸術家』/深田麻里亜インタビュー

2020年に没後500年を迎えたラファエロ(1483~1520)。短い生涯にもかかわらず、多くの傑作を残した彼の全体像を描く『カラー版 ラファエロ―ルネサンスの天才芸術家』が、2020年秋に刊行されました。

芸術家の魅力や当時の雰囲気、そして同時代を生きた人物などについて、著者の深田麻里亜さんに話をうかがっています。

――ラファエロを研究するきっかけは何だったのでしょうか。

深田:西洋美術史、とくにイタリア・ルネサンス美術への漠然とした関心は高校生の頃からもっていました。直接的なきっかけは、大学生の時にイタリアを旅行し、色々な作品を現地で見て、もっと詳しく知りたいと感じたことだと思います。

当初は、特定の作家というよりは、ルネサンス時代の美術の雰囲気などに惹かれるものがあり、卒業論文のテーマを決める際、ラファエロと工房による古代装飾の復興、「グロテスク装飾」を選びました。それ以来、ラファエロとその周辺の研究に取り組むことになりました。

――多くの図版が収録されていますが、選ぶ際に苦労した点などはありますか。

深田:多くの美術作品のなかから、どれをピックアップするか、ということには苦労しました。ラファエロ本人の作品だけでなく、関連する他の芸術家の作品等もカラー図版で掲載されていますので、比較しながら読んでいただければ嬉しいです。

――ラファエロが古代ローマの芸術と都市を調査する、考古学者的な一面を持っていたことには驚きました。歴史的建築物を守るように教皇へ進言するなど、現在とも通じるような話も出てきます。当時はそうした歴史的建築物を残すという発想自体は乏しかったのでしょうか。

深田:当時、古代の芸術は尊重されていましたが、その一方で、遺跡から資材を持ち運び、別の建築に用いるなど、古代遺物の破壊も行われていた時代でした。

歴史的遺物を保護するための法的な制約がまだ存在しなかったため、結局、時の権力者の意向によるところが大きかったのでしょう。古い地区を再整備し、最新の複合施設を建設する事業を目の当たりにする機会が多い私たちには、身近に感じられるトピックかもしれません。

――早世したことや、同時代にレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのような個性の強い人物がいたこともあって、ラファエロには儚いイメージがありますが、本書を読むと彼の「人間くさい」面も見えてきます。深田先生はラファエロをどんな人間だったと見ていますか。また、もし身近に彼がいたとしたら、接しやすい人物だと思われますか。

深田:ルネサンス時代の芸術家は、同時代の伝記や証言などから、個性や人となりをうかがい知ることができるのが魅力のひとつだと思います。16世紀の伝記によると、ラファエロは周囲の人々を適材適所で用いることに長けていた、とあるので、まわりを冷静に、客観的に評価することができた人であったと想像しています。

一般的に、天才肌で、他の人には真似できない偉業を達成する人は、攻撃的なまでに個性が強く、付き合いづらいというイメージがあると思います。ですが、ラファエロの場合は、対外的には人当たりの良い、落ち着いた人だったようです。もちろん、内面には孤独や強い信念を抱えていたとは思いますが、まわりの人たちからすれば、頼りがいのある指導者だったのではないでしょうか。

――ルネサンス期を知るおすすめの本などがあれば、ぜひ。また、ラファエロに関連して鑑賞すべき画家はいますか。

深田:イタリア・ルネサンスについての本ですと、高階秀爾著『ルネッサンスの光と闇 芸術と精神風土』(中公文庫、上下)をまずは挙げたいです。

同時代の芸術家としては、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのほか、セバスティアーノ・デル・ピオンボという画家もライバルとして重要な存在です。また、ラファエロの弟子のジュリオ・ロマーノは、ラファエロの作品を学びつつも、雰囲気の異なる独特の作風が特徴です。

彼らが手掛けた作品や、個性に富んだエピソードは、ヴァザーリの『列伝』(『芸術家列伝』白水社;『美術家列伝』中央公論美術出版)で読むことができます。著者はやはり16世紀の芸術家なので、作品の情報だけでなく、当時の習慣や風潮などもあわせて知ることができます。

やや時代が下ると、フランス画家のジャン=オーギュスト=ドミニク・アングルは、ラファエロ作品を熱心に学んでいますので、彼が参照したラファエロ作品と比べながら鑑賞すると面白いかもしれません。

――ありがとうございました。

深田麻里亜(ふかだ・まりあ)

1980年生まれ.東京藝術大学非常勤講師.東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了.博士(美術).専門は16世紀イタリア美術史. 著書に『ヴィッラ・マダマのロッジャ装飾』(中央公論美術出版,2017年),共著に『システィーナ礼拝堂を読む』(河出書房新社,2013年)『あやしいルネサンス』(東京美術,2016年),『ラファエロ』(河出書房新社,2017年)などがある.訳書『レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯』(チャールズ・ニコル著,白水社,2009年,共訳),『美術家列伝』(ジョルジョ・ヴァザーリ著,中央公論美術出版,2015年,共訳)ほか.