2021 01/22
私の好きな中公新書3冊

「思い出」の中公新書/秦正樹

飯尾潤『日本の統治構造 官僚内閣制から議院内閣制へ』
岡本真一郎『なぜ人は騙されるのか 詭弁から詐欺までの心理学』
曽我謙悟『日本の地方政府 1700自治体の実態と課題』

改めて中公新書レーベルの一覧を眺めていると、まるで、大掃除の途中にアルバムを見つけてしまったときのようで、様々な「一冊」が人生の節目を思い起こさせる。折角の機会なので、大変勝手ながら、私の「思い出」に寄り添ってくれた中公新書を3冊紹介したい。

1冊目の『日本の統治構造』は、学部時代の法哲学ゼミで輪読した文献であり、同時に、私を政治学の世界に誘ってくれた一冊でもある。政治の現象を、政治家個人や政局ではなく「メカニズム」として鮮やかに説明する同書によって、学部生の当時、「麻生太郎がバー通いをやめれば日本政治はよくなる(*)」くらいにしか思っていなかった私の政治の見方は大きく変わった。それくらい衝撃的な一冊だったのだ。とくに、当時は政権交代前夜であり、議院内閣制のあり方が取り沙汰されていた。かつてセンター試験対策で丸暗記しただけの「机上のなにか」が、目の前の政治的変動と深くリンクしていると理解したときの知的興奮は、今でも忘れられない。

2冊目は、『なぜ人は騙されるのか』である。同書では、人々が陰謀論やフェイクニュースに騙されてしまう心理的メカニズムについて、国内外の先行研究が手際よく整理されている。同書を紹介したのは、まさに今、私自身も陰謀論研究に取り組んでいるからという極めて個人的な理由からなのだが、だからこそ、とくに5章で詳しく説明される「動機づけられた推論」のメカニズムはぜひ多くの人にも知ってほしい。もっとも個人的には、政治家の言説を扱う4章の一部にはやや疑問を覚える箇所もある。しかし、そのような疑問点こそが新たな知見の種となるのであり、またその点を踏まえてもなお、世論の分極化や分断を考える上で、同書は重要なヒントを与えてくれる。

3冊目は、『日本の地方政府』である。同書の特徴は、単に地方政府を地方単体で扱うのではなく、「政治制度・中央―地方関係・地域社会と経済」という3つの絡み合いの中から理解する点にある。同書のこうした視座は、現実にある複雑な政治・行政の問題を、単なる「小難しい空論」で終わらせることなく、うまく解きほぐして課題点をクリアにすることに成功している。とくにCOVID-19対応をめぐる国と地方の「責任のなすりつけ合い」に辟易とする人にこそ、ぜひ読んでほしい一冊である。

ところで、3冊目の著者(曽我謙悟先生)は、私の大学院時代の恩師であり、最も尊敬する学者の一人でもある。院生になりたての10年前の私は、かつて曽我先生に「地方政治はダイナミックさがなくて面白くない」と畏れ多くも論難しては、「君も真面目に研究していれば、いつか、その面白さがわかる日が来るよ」と諭されたことがある。上記3冊だけでなく、ここでは紹介しきれなかった数多の中公新書は、私を、曽我先生のいう「いつか」に少し近づけてくれているように思う。

*:首相在任中の2008年、頻繁な高級バー通いが報じられ、世論の批判を受けていた。

秦正樹(はた・まさき)

1988年広島県生まれ。京都府立大学公共政策学部公共政策学科准教授。2016年、神戸大学大学院法学研究科(政治学)博士課程後期課程修了。学位取得論文:「政治関心の形成メカニズム――人は「政治」といかに向きあうか」。神戸大学学術研究員、関西大学非常勤研究員、北九州市立大学講師などを経て、現職。共著に『日本は「右傾化」したのか』(小熊英二・樋口直人編、慶應義塾大学出版会)、『共生社会の再構築II デモクラシーと境界線の再定位』(大賀哲・仁平典宏・山本圭編、法律文化社)など。