2020 04/17
私の好きな中公新書3冊

中公新書と歴史の魅力/猫の泉

佐藤卓己『言論統制 情報官・鈴木庫三と教育の国防国家』
藤原辰史『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』
堀米庸三『正統と異端 ヨーロッパ精神の底流』(現在は中公文庫)

私にとって新書の魅力はふたつあります。ひとつは、手ごろな値段・分量で多様なジャンルに触れられること。時事性の高いジャーナリスティックな内容や最新の研究から、学術書にはしにくい柔らかいテーマまで幅広く揃っているので、単行本だと普段読まないタイプの本にも手を出しやすいです。それは広く浅くいろいろ読む自分にとって非常に大きなポイントです。それだけに積読新書の山もできるのですが......。

もうひとつは、「あとがき」の面白さです。学術書は論文や研究会などを元に編纂されるのが普通ですが、新書(と選書)は一般読者向けに独自に企画されたものが多いので、出版までの経緯や執筆の過程に触れる楽しみがあとがきに秘められています。自称「あとがき愛読者党」の一員である私は、大抵の本を目次とあとがきから読むのですが、新書は企画ものが多いうえに刊行点数が多いため、編集者の顔が見えやすい。そういうところも魅力です。実は本屋で新書を買うとき、まずあとがきを見て編集者の名前を確認してから購入を決める、ということもしています。

新書で好きなもの、それも中公新書となると、大学で西洋史を専攻していた歴史好きの端くれとしては、やはり歴史ものを挙げたくなります。

歴史に強い中公新書、その中から3冊となるとセレクトは非常に難しいですが、一冊目には迷わず『言論統制』を挙げます。高校生のときに読んで影響を受け、大学で歴史を専攻する一因にもなった思い出深い一冊です。この本では、「日本思想界の独裁者」と呼ばれ、戦時中の日本で厳しい言論統制を強いたとされる鈴木庫三少佐の虚像が、彼が遺した日記や著作の読み込みを通じて見事にひっくり返されます。善悪に分類しきれない歴史の重層性を感じる名著です。あとがき愛読者にとっては、歴史を生きた人の「息づかい」を感じようとする著者の熱い想いと執筆の経緯を記した12ページにおよぶ長大なあとがきも必見でしょう。

2冊目に選びたいのは『トラクターの世界史』です。トラクターという一見地味そうな乗り物から、非常に広い世界を見渡せることを示した一冊。トラクターは近代文明のシンボルのひとつとして、農業技術だけではなく、経済、政治、文化、そして戦争にも「革命」をもたらしたということがよくわかります。個人的には、「ヤン坊マー坊の唄」と小林旭「赤いトラクター」が同じ作詞・作曲コンビの手になるものなのだというエピソードに強い印象を受けました。ところどころで引用されるトラクターをモチーフにした各地の詩歌は、かつて人びとが抱いていたであろうトラクターへの憧れを感じさせてくれます。

1冊目で挙げた『言論統制』のように、中公新書には一般向けかつ本格的な名著が多く、様々な古典が生まれてきました。歴史ものだと宮崎市定『科挙』や山室信一 『キメラ』など、様々な名前を挙げることができますが、その中でも特に推したいのが堀米庸三『正統と異端』です。11世紀のグレゴリウス改革がもたらした政治と宗教の緊張関係、その結果として生まれたカトリック教会における「正統」と「異端」の概念という、一見マイナーなテーマからヨーロッパ中世のダイナミズムを剔抉する、専門度の高さと一般性を兼ね備えた古典的な名著です。現在は中公文庫に入っていますが、中公新書としての初版は1964年。実に50年以上経った今も、歴史の面白さを伝え続けています。

猫の泉(ねこのいずみ)

ぎりぎり昭和生まれの中の人による匿名ツイッターアカウント。一足先に社会人になった友人に本の最新情報を伝えるため、2012年ごろから現在のスタイルのツイートを開始。以来、新書や学術書の新刊情報を日々つぶやいている。悩みは本の置場。
Twitter:@nekonoizumi